HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報616号(2020年2月 3日)

教養学部報

第616号 外部公開

植物が有性生殖を始めるスイッチを解明

渡邊雄一郎

6-1_渡邊原稿での図.png植物が子孫を残すために花をさかせるのが大事であれば、なぜ発芽後すぐに花を咲かせないのでしょう。さらに植物の有性生殖を行うためにつくられる花(雄ずいと胚珠)は若い植物体の中のどこに隠れているのでしょうか。じつは時期がくるまで用意されていないのです。植物の茎の先端に茎頂分裂組織といって葉をつくりつづけている(栄養成長)細胞群があります。成長過程で環境や成長条件がそろってはじめて、花をつくる(生殖成長)分裂組織がうまれるのです。ではその切り替えをうながす仕組みはどのようなものなのでしょうか。今回我々は思いかけず、花をつけないゼニゴケの研究から一つの答えを得ました。
コケ植物は研究しても役に立たないと思われるかもしれません。ただゼニゴケは、我々が見慣れている花を咲かせるいわゆる被子植物たちと祖先が同じなのです。見かけは大きく異なっていても、共通に用いている仕組みがあるのではないか。今回我々はそのような読みをしてみました。
注目した対象は少し複雑です。私たちはこれまでシロイヌナズナというアブラナ科の植物をもちいて、非コードRNAの一種、マイクロRNAというものを研究してきました。マイクロRNAは種類ごとにそれぞれに対応する標的遺伝子というのがあって、その標的遺伝子がはたらくのをおさえる役割をします。そして六年ほど前になりますが京都大学の河内孝之教授の研究室がゼニゴケを研究対象とする基盤を作られていることを知りました。単純にシロイヌナズナで明らかとしたことがどこまで種をさかのぼれるのかという、シンプルマインドでゼニゴケを使うことにしたのです。ゼニゴケにはシロイヌナズナでしられていたマイクロRNA種の多く(それぞれに百種以上)はありませんでしたが、なぜか七種類に限って残っていました。そしてシロイヌナズナと同じ標的遺伝子の方もゼニゴケのゲノム中に見いだされたのです。ゼニゴケは陸上植物進化の基部に位置するとみなされています。そのゲノム塩基配列情報は非常に大きな力を発揮し、その祖先がつくりだした遺伝子のライバル関係─つまりマイクロRNAとその標的遺伝子がそのまま四億五千万年のあいだ、種と世代をこえて保存されていることを教えてくれたのです。
コケ植物は一倍体、つまり各遺伝子は一個しかありません。ラッキーなことにちょうど開発されたゲノム編集技術をもちいることができ、ねらった一つのマイクロRNAを破壊してみました。最初は元のゼニゴケと成長などに違いはありませんでしたが、三週間後あたりからその葉状体(地面に這っている平らな部分、あれです)周辺部が透けてきたのです。通常の葉状体では起こらないことです。これは雄器床という雄性器官と似ていました。もしかして精子を作るのではないか。実際にその組織、培地周辺からサンプルを取って顕微鏡でのぞくと、精子が泳いでいるではないですか。栄養成長をしていた葉状体というコケの体組織が、精子をつくることを始めたのです。本来、標的遺伝子の発現は抑えられている状況にもかかわらず、この変異体では予想通り上がっていました。観察だけではわからないので、ちょっといたずらをすると見えてくることがありますが、今回はまさにその例でした。このマイクロRNA(156/529と背番号がついています)は、標的遺伝子(SPLといいます)の発現を抑えることで、植物が栄養生殖の最中、むやみに生殖成長を始めないように抑えていたのです。
実はここで見えた調節が顕花植物でも起こっているのです。発芽した植物は葉をつくっていきます(これが栄養生殖という過程)。いきなり花をつくらせないように、156/529が働き、まずは葉をつくり光合成をして栄養を蓄えるのでしょう。そして栄養のリソースに蓄えができたころ、季節もかわり子孫を残すにふさわしいステージが近づくと、156/529が働かなくなり、それまで抑えられていたSPLが働きだす。すると花を咲かす生殖成長へと進むのです。花を咲かせる顕花植物と、花はさかせませんが♂♀の組織をつくるコケ植物とが、子孫を残すまでのプロセスで同じ調節機構を利用していることに今回研究の結果で気づいたのです。

(生命環境科学系/生物)

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