HOME総合情報概要・基本データ研究科長・学部長挨拶平成29年度 教養学部学位記伝達式 教養学部長式辞(平成30年3月23日)

最終更新日:2018.03.27

平成29年度 教養学部学位記伝達式 教養学部長式辞(平成30年3月23日)

ご卒業おめでとうございます。学部を代表して心からお祝い申し上げます。

ここに学士課程を修了し、その証として学位記を伝達される教養学部3学科192名の皆さん、その学識・学力については些かの疑念もありません。ただ、学位記伝達の前に、念のため確認をしておきたいことがあります。

みなさんはこれから学位記を受領し東京大学教養学部の卒業生となります。それはみなさんの履歴書の一部となるのみならず、アイデンティティの一部ともなろうかと思います。私がここで確認しておきたい気がかりとは、そのアイデンティティにかかわる皆さんの認識です。すなわち、みなさんはみずからの母校たる東京大学教養学部のことをどこまで正確にご存知なのだろうかという一抹の不安です。具体的に言い換えます。まず、みなさんに対して伝達される学位記に記載されている学位は何でしょうか。それは所属学科にかかわらず教養学士です。東京大学学位規則がそのように定めています。それでは、教養学士の英語名称は何でしょうか。それはBachelor of Liberal Artsです。このように、学位につかわれる日本語の教養に対応する英語はLiberal Artsです。それでは、教養学部の学部名称につかわれる日本語の教養に対応する英語はLiberal Artsでしょうか。教養学部の英語名称は、College of Arts & Sciencesです。しかしながら、元をたどれば1949年に新制の東京大学が発足し、教養学部が設置された時の教養学部の英語名称は何であったかと言えば、それはCollege of General Educationでした。このGeneral Educationは、「一般教育」の訳語にほかなりません。当時の文部省の大学設置基準によれば、4年間の学士課程教育はそれぞれ2年間の一般教育と専門教育から成るとされ、本学の教養学部は、この学士課程前半の一般教育に責任を持つ部局としてCollege of General Educationという英語名称をもつことになりました。一般教育として、学生は人文、社会、自然、外国語、保健体育の五科について所定の単位数以上を履修することとされました。教養学部では、一期生の学年進行と合わせて、1951年(占領期)に学部の後期課程として教養学科が誕生します。そしてその教養学科にはアメリカ・イギリス・フランス・ドイツそれぞれの文化と社会、国際関係論、科学史及び科学哲学の6つの分科が設置されたのでした。それでは、この後期課程教養学科という学科名称においてつかわれた日本語の教養に対応する英語はGeneral Educationだったでしょうか。後期課程教養学科の英語名称は、Department of Liberal Artsだったのです。混乱をしないようにいわば脚注として申し上げておきますと、教養・学際・統合自然の三学科体制となった2011年以降の教養学科の英語名称は、Department of Humanities & Social Sciencesです。あらためて教養学士という学位の話題に戻すと、ポイントは、1949年から1962年までの教養学科一学科体制の下に存在した「日本語の教養と英語のLiberal Artsの結びつき」が、現在に至るまで学位名称において温存されてきたということです。

1962年には学部後期課程に自然科学分野の基礎科学科が発足します。さらに1983年には大学院総合文化研究科が発足します。この後者の大学院総合文化研究科の英語名称がGraduate School of Arts & Sciencesで、この機会に学部の英語名称もCollege of General Education からCollege of Arts & Sciencesとなったのです。ですから、教養学士の教養はLiberal Artsですが、少なくとも現在の教養学部の教養はArts & Sciencesであり、Arts & Sciences は総合文化でもあります。私は、教養学部の真骨頂はこの「総合」にあると考えます。

人間の知的活動の地平が広がるにつれ、大学における研究・教育は専門分化しています。そしてそれゆえにこそ、学問領域の枠を超えて、断片的な知見を連結する総合的な知的探究への活力も生まれているのです。私が申しあげたいのは、専門分化が生み出す学際統合の動きであって、小ネタを披露したいのではありません。つまり、本日学位記を伝達される卒業生のうち教養学科のみなさんについては、「教養学部の教養学科を卒業して教養学士を取得する」ことになる訳ですが、この「教養学部の教養学科を卒業して教養学士を取得した」という日本語の短い一文の中に三度(みたび)繰り返される「教養」に対応する英語は同一ではなくすべて区別される、このような小ネタを披露したいのではありません。私が申しあげたいのはそれとは別のことです。

さきほど、1962年に学部後期課程に自然科学系の基礎科学科が発足したと申しました。その基礎科学科の卒業生のひとりに、ノーベル生理学・医学賞受賞者の大隅良典先生がおられます。1967年のご卒業ですから、みなさんにとっては半世紀の先輩です。みなさんの在学中の2016年に、その大隅先生がノーベル賞を受賞されたことはみなさんにとってもたいへん誇らしいことであったと想像します。実はこの春、駒場キャンパスに大隅先生の快挙を祝うモニュメントを建立することになっています。このモニュメントは、世界の人類の知に寄与する画期的なオートファジーの研究がこの駒場キャンパスにおいてかつてなされたことを本研究科の構成員として誇りに思うと同時に、大隅先生とともに「駒場の伝統」をあらためて確認するために建立されます。このモニュメントには大隅先生がしばしば色紙に書かれる言葉、すなわち、「観る楽しさ、知る喜び、解く歓び」という言葉が刻まれます。この「観る楽しさ、知る喜び、解く歓び」は、まさに科学する心の弾みを表現したものであり、この科学的な学術活動に不可欠の心の躍動をことのほか大切にすることこそ、駒場の伝統であると私は考えます。式典から学生服が消えるなど、外見的な風景はどれほど変わろうとも、心の風景は伝統として変わることなく、みなさんのアイデンティティの一部として引き継がれるならば、これ以上に喜ばしいことはありません。

みなさんの中には、これからも大学院に進学するなどして引き続き学術活動に邁進する人もいるでしょうし、学術活動に直接携わることはなくとも、学術活動の成果を的確に評価してそれを広く社会のために有効に活用して行く人もいるでしょう。いずれの場面においてにせよ、教養学部卒業生の「総合」的な思考力が大きな意味を持つことを心から期待するものです。

私たちは、無数の利害関係者が複雑に絡みあう社会の中に生きています。この社会は、特定の個人・集団の個別利益の実現と、社会全体の共通利益の実現とが必ずしも両立するとは限らない社会です。もし私たちが、その想像力を自分で見聞きできる範囲を超えて広げることもできずに、ただ個人の、あるいはたまたま所属する特定集団の短期的な利益だけを追求することに専心して、人類社会全体の長期的な利益を蔑ろにするならば、取り返しのつかないことになるかもしれません。

人間社会が直面する難題は、学問をなりわいとするものにとって都合よく、既存の特定学問分野の枠の中で十分に解答できるものばかりではありません。多様な学問分野の枠を超えて、一体として学際的な協働を行うことなしには解答できない問いは数多く存在します。教養学部後期課程の組織名称等を確認すれば一目瞭然ですが、「総合」、「統合」、「広域」、「超域」、「相関」、「学際」、「国際」等の修飾語が、駒場における知的活動のキーワードになっています。

私は、教養学部における教育研究の本質は、前期課程はもとより、後期課程においても、断片的な知見を連結・統合する総合的な知的探究にあると認識しています。教養学部において培われる教養とは、多面的な現実を総合的に評価することを可能にする知の奥行き、広がりといったもので、それが人間の的確な判断力の基盤を成すと考えます。そしてそれなしには、社会の責任ある一員として信頼される行動をとることはできないと考えます。

1974年に教養学科アジア科を卒業された古田元夫先生はベトナム現代史を専門とされる研究者です。本学部で教鞭をとり、東大をご退職されたのち、2016年にベトナムの国立大学であるハノイ国家大学の傘下にある日越大学の学長に任ぜられ、日越両国の架橋として今も活躍していらっしゃいます。

先月駒場でお目にかかってお話を伺ったときに、古田先生が次のように語っておられたことが強く印象に残っています。ベトナムの大学は旧ソ連の高等教育をモデルに設計されていて、専門分野ごとに単科大学を置いてきました。しかしながら、計画経済システムの下では単科大学ごとの専門家養成こそ合理的な高等教育の仕組みであるとしても、地球規模で急速な変化が起きる今日では、その変化に対応できる幅広い視野と柔軟な対応力を持った人材は、専門性を過度に重視する教育システムからは生まれにくいという認識が広がりつつあるのだそうです。だからこそ狭い専門にとらわれない、いわゆるリベラル・アーツ型の教養教育が再評価される、そういう時代ですとのことでした。

教養学部を卒業されるみなさんには、多様な利害が複雑に絡み合う現実を俯瞰し、全体を総合的に考察しながら、変化に柔軟に対応する的確な判断力と、人類社会の責任ある一員としての信頼される行動力と を是非とも発揮してもらいたいと願っていますし、それができると信じております。

以上をもちまして私からのお祝いの言葉といたします。

 

平成30年3月23日 

東京大学教養学部長 石田 淳

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