HOME総合情報概要・基本データ研究科長・学部長挨拶平成30年度 学部入学式 教養学部長式辞 (平成30年4月12日)

最終更新日:2018.04.12

平成30年度 入学式 教養学部長式辞(平成30年4月12日)

新入生のみなさん、そしてご家族のみなさま、その思い出に深く刻まれるであろうこの時をここに共有できることを光栄に存じます。そして本学への入学を許可された新入生のみなさんが、本当に東京大学で学んでよかったとの深い喜びを抱いて卒業の日を迎えられることを心から願い、そのために本学の一員として微力を尽くしたいと考えます。

新入生のみなさんは、これから駒場キャンパスにおいて学士課程の前半を過ごすことになります。この春、教養学部の一員となったみなさんに、学部を代表して歓迎の意を表するとともに、この機会にその学士課程前半の前期課程教育が持つ意味についてお話しておきたいと思います。

私たちは、無数の利害関係者が複雑に絡みあう社会の中に生きています。この社会は、特定の個人や集団の個別利益の実現と、社会全体の共通利益の実現とが必ずしも両立するとは限らない社会です。

たとえば、現在の世代のための開発は、地球温暖化、オゾン層の破壊、生物多様性の喪失、酸性雨、砂漠化等をもたらし、地球環境の保護や地球規模の共有資源の保全を困難にして将来の世代の利益を損なうことがあります。それゆえに、環境保全にも配慮した節度ある開発としての「持続的開発(sustainable development)」を求める動きが生まれました。

また、エイズ(後天性免疫不全症候群)、エボラ出血熱、SARS(重症急性呼吸器症候群)など、国境を越えて広がる感染症の撲滅は国際社会の共通の利益です。この感染症の撲滅には、医薬品の知的財産権を保護するなどして製薬企業がその研究・開発に取り組む経済的動機を作り出さなければなりませんが、逆にそれを制限することなしには、途上国で暮らす多数の患者に安価な医薬品へのアクセスを保障することはできません。こういった事情を背景として、先進国と途上国との間に知的財産権の保護をめぐる主張の対立が生じ、それにどのように折り合いをつけるかが論じられました。

さらに、領土、国民、憲法など、一国にとって価値あるものに対する脅威を、国家の政策を通じて軽減することはその国家の安全保障上の利益と位置付けられるでしょう。しかし、軍備の増強や同盟の強化は、現状の防衛に資するのみならず現状の一方的変更にも資するものです。現状の防衛を目的とする国家のみならずその一方的変更を目的とする国家さえも、目的実現のために軍備増強や同盟強化という同一の手段を選択するとあっては、選択された手段からその目的を推論できません。それゆえに、相手国の不安を掻き立てることなしには、自国の不安を拭いさることができないという「安全保障のディレンマ」が生じるのです。こうして守勢に立たされているという不安から、各国が軍備の誇示や先制自衛行動の検討をするなどして、結果的に互いの不信を増幅するような攻勢に出る事態もしばしば観察されます。東アジアの国際情勢も例外ではないどころか、むしろその典型かもしれません。

このように、地球上の人間の諸活動はさまざまなディレンマを私たちに突きつけています。そしてそれはいずれも深刻なものです。いま例に挙げた持続的開発や平和的共存なども、たやすく実現できるものではありません。このほかにもみなさんの心に重くのしかかる現実は、数えればきりがないかもしれません。しかし、この困難を前にして悲観も冷笑もみなさんを含む私たちの選択肢たりえないと考えます。むしろ、《勇気ある楽観》をみなさんには期待したいと思います。そしてこの困難な状況からの脱出口を切り拓いてもらいたいと思います。無論、この勇気ある楽観は、根拠の乏しい夢物語ではなく、学識豊かな判断力であり、そのような判断力を養うためにこそ駒場で過ごす二年間を最大限有効に活用することを願うものです。

社会が大学に大きな期待を寄せるのも、大学と「社会との連携」を高く評価してのことであります。大学はその先端的「研究力」を通じて人間社会のディレンマ克服に有益な学術的知見を社会に提供するとともに、その教育活動を通じて学術研究の成果の意義を正確に理解できる人材を育成するという両面を持ちます。大学の持つこの二面が高い評価を受けていることは間違いありません。そのように申し上げたうえで、学術研究も、原子力の平和利用と軍事利用の例を引き合いに出すまでもなく、本来の研究目的の範囲を超えて利用されうる汎用性を持つことは自明ですから、それ自体ディレンマから逃れられるものではない、ということも付け加えておきたいと思います。

私たちは、どれほど体格の良い個体であっても物理的にはしょせん世の中の一隅を占めるに過ぎない小さな存在です。もし私たちが、その想像力を自分で見聞きできる範囲を超えて広げることもできずに、ただ個人の、あるいはたまたま所属・居住する特定集団の短期的な利益だけを追求することに専心して、人類社会全体の長期的な利益を蔑ろにするならば、それは残念なことです。残念なだけでは済まずに、取り返しのつかないことになるかもしれません。

それゆえに、この春、駒場キャンパスにおいて大学生活を始めるみなさんには、前期課程における学修を通じて、多様な利害が時空を超えて複雑に絡み合う現実を俯瞰し、その全体を総合的に考察する力を是非とも身につけてもらいたいと願っています。そして、広く世界を見渡し、未来を見据え、地球規模の、そして将来世代の諸課題に主体的に関与し、その解決に寄与する《地球未来社会の責任ある構成員》として活躍することを期待します。地球未来社会における共通の利益実現にむけ、グローバルな舞台を縦横に行き来し、他者とともに生き、学び、考え、働く、つまり「国際協働」を先導する存在となることを期待します。

人間の知的活動の地平が広がるにつれ、大学における研究・教育は専門分化しています。その一方で、学問領域の枠を超えて、断片的な知見を連結し統合する総合的な知的探究への活力も生まれています。専門分化と学際統合の動きを併せみれば、知的関心の多様性が知的探求の一体性を生み出している、と言えるかもしれません。

私は前期課程教育の本質は、断片的な知見を連結し統合する総合的な知的探究にあると認識しています。教養学部が培おうとする教養も、多面的な現実を総合的に評価することを可能にする知の奥行き、広がりといったもので、それが人間の的確な判断力の基盤を成し、自由自在の発想を可能にすると考えます。変化のない時代には、専門領域に特化した知の分業は一定の合理性を持ちますが、今日のような急速な変化の時代には狭い専門に囚われることのない広い教養が力を発揮します。特定分野における未知の学識をひたすら吸収する勉強も必要ではありますが、それ以上に、既知の事物や事象を互いに関係づけて全体をとらえる視野の広い俯瞰力を獲得するために、駒場キャンパスでの二年間を充てることを願うばかりです。

東京大学教養学部の正門も、そのようなみなさんに対して開かれています。前期課程教育については既にみなさんは先週のガイダンス等で説明を受けていますから、それをここで繰り返すことはいたしません。ただおそらくその場では触れられなかったであろうことを一言付け加えておきたいと思います。すなわち、駒場キャンパスにおいてみなさんを迎える私たちの準備は、全体としてのカリキュラムから個々の授業等に至るまで、みなさんの大半を満足させる水準であると信じてはおりますが、私たちの想定の範囲に縮こまる必要などありません。どうぞ遠慮なく私たちの想定を悠然と凌駕してください。そのような学生あっての東京大学であることは私たちの誇りであります。

最後に、以下のことを強調して、私からの式辞を結びたいと思います。

性別を問わず、国籍を問わず、障がいの有無を問わず、本学において学生生活を送ったみなさんが、周囲からその確かな見識と勇気ある判断力とを信頼される人材として、日本社会のみならず国際社会の選択を牽引する存在となることを、心から願ってやみません。

 

 

平成三十年四月十二日

東京大学教養学部長  石田 淳

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