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最終更新日:2024.03.26

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【研究成果】ピンチの時に酵母は新参者を殺す――Latecomer killingの発見――

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発表者

小田 有沙(東京大学 大学院総合文化研究科 広域科学専攻 助教)
畠山 哲央(東京大学 大学院総合文化研究科 広域科学専攻 助教)
太田 邦史(東京大学 大学院総合文化研究科 広域科学専攻 教授)
金子 邦彦(コペンハーゲン大学 ニールスボーア研究所 教授/東京大学名誉教授 )


発表のポイント

  • 酵母が、グルコース飢餓状態で毒を出し、かつその毒に対して耐性を獲得することで、自分は死なずに周囲の微生物を同種他種問わず殺すという戦略を示すことを発見した。
  • 発見した現象を「新参者殺し」(Latecomer killing)と名づけ、毒を新規に特定し、新規適応機構も発見した。
  • 微生物の増殖を制御するのに有用であり、また単細胞生物から多細胞生物への進化の理解の一助となると考えられる。

発表概要

 東京大学大学院総合文化研究科の小田有沙助教、畠山哲央助教らの研究グループは、グルコース飢餓という危機的な状況において、単細胞菌類である酵母が、たとえ自らのクローン(注1)であっても他の微生物を殺してしまうという新規の現象を見出しました。この時、あらかじめグルコース飢餓に適応していた酵母たちは、毒を出すとともに、自らがその毒に耐性を獲得することによって、後から侵入してきた微生物だけを選択的に殺します。そこで、この現象を「新参者殺し」(Latecomer killing)と名づけました。

 単細胞生物が自らのクローンを殺す、一見自殺のように見えるこの現象は、従来は知られておらず、本発見は微生物が生態系を形作る上で、いかに複雑なコミュニケーションを行っているのかを解明する一端となります。また、本研究で新たに発見されたグルコース飢餓条件下特異的に作用する毒は、工業的にも微生物の増殖を制御するのに有用であると考えられます。さらに、自らの増殖を抑制するアポトーシス(注2)などの機構は多細胞生物の発生に必須であることから、本研究で見出された、単細胞生物における相互作用を介した細胞死は、単細胞生物から多細胞生物への進化を理解する上でも重要な意味を持っていると考えられます。


発表内容

 飢餓環境などの危機的な状況においては他の生物と協力したり、あるいは競争したりというコミュニケーションが重要です。これは、細菌や菌類などの微生物においても例外ではなく、過去の研究において、多くの細胞間コミュニケーションが明らかになっています。例えば、安定に細胞が増殖できる同種細胞の密度を感知して戦略を変化させるためのクオラムセンシングなど、同種細胞間での協力的なコミュニケーションは様々な種で報告されてきました。一方で、同種細胞間での競争的なコミュニケーションはほとんど明らかになっていませんでした。例えば、ある微生物が自らのクローンの増殖を阻害するような戦略を取れば、通常、その微生物自身の増殖も阻害されてしまうと考えられます。そのため、このような同種細胞の増殖を阻害するようなコミュニケーションが存在しないというのは、当たり前の考え方でした。

 しかし、本研究では、単細胞菌類である酵母が、グルコース飢餓下という危機的状況において、培地に自らのクローンをも殺してしまう毒を放出することを新規に発見しました。これは、一見、酵母が毒を放出することによって自殺しているように見えます。しかし、あらかじめグルコース飢餓下に適応していた酵母たちは、毒を出すとともに、自らがその毒に対して耐性を獲得することで、自らは死なずに、後からそこに侵入してきた微生物を、自らのクローンのような近縁種であっても、また系統的に大きく離れた他種の微生物であっても、殺してしまいます。本研究グループは、このような毒の放出と、適応を組み合わせた新規の戦略を「新参者殺し」(Latecomer killing)と名づけました。新参者殺しは、グルコース飢餓下という危機的な状況におかれた酵母たちが、自らのリネージ(注3)に属する細胞だけを選択的に生存させるために重要であると考えられます。また、この新参者殺しは、分裂酵母と出芽酵母という系統的に大きく離れた種でも普遍的に見られることから、幅広い生物の間で保存されていると考えられます。新参者殺しのようなクローンであっても殺してしまうというという現象は、今までほとんど知られておらず、本研究は、微生物生態系における細胞間コミュニケーションが従来考えられていたよりも非常に複雑であるということを示すものであり、生態系の理解に大きく寄与するものであると考えられます。

 また、本研究グループは、この新参者殺しにおいて、分裂酵母と出芽酵母のどちらにおいても、ロイシン酸(HICA)と3-メチル-2-オキソペンタン酸(2K3MVA)という、今までほとんど機能を知られていなかった物質が、毒を構成する主要な成分であることを発見し、これらの毒がグルコースやフルクトースなどの糖が欠乏している条件下で特異的に酵母を殺すことを見出しました。さらに酵母がこれらの物質に適応するための機構の一端を明らかにしました。酵母は食品の発酵や物質生産などに広く利用されていることから、新規の環境依存的な細胞増殖制御機構の発見は、産業的にも有用であると考えられます。

 加えて、新参者殺しは、単細胞生物から多細胞生物への進化の理解にも寄与すると考えられます。多細胞生物では、協調的に形作りを行うために、細胞間で増殖を促進するだけでなく、増殖を抑制する必要があります。一方、単細胞生物において、同種内で細胞増殖を促進するような現象は多く見つかっていましたが、同種内で細胞増殖を阻害するような現象は前述のようにほとんど見つかっていませんでした。今回見つけた新参者殺しにおいては、細胞は毒を出すことで他の細胞の増殖を抑制するとともに、毒で死なない細胞へと細胞のタイプが変化します。これは、実際の多細胞生物で見られるような、細胞が分化し、増殖する細胞と増殖阻害された細胞に分かれるような現象と類似しています。酵母やカビ、きのこを含む菌類では、単細胞生物と多細胞生物の間の進化が起こりやすかったと考えられています。例えば、菌類では8から11回も独立に異なる系統の種において多細胞化を獲得したと考えられています。さらに、近年、酵母は実験室進化で容易に多細胞化しうることが報告されています。本研究グループが発見した新参者殺しは、このような菌類での多細胞進化の起こりやすさを理解する鍵になりうる現象です。今後は、新参者殺しの生態系におけるさらなる重要性、ならびに進化における重要性についても明らかにしていく予定です。

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図.新参者殺しの概要:
上)新参者殺しを発見した実験の概要図。酵母細胞をグルコースなどの糖のない環境下で培養すると、自分と全く同じ遺伝情報を持つクローンも死ぬ毒を放出する。そこに、毒に対して適応していない新参者細胞が入ると、新参者細胞は死んでしまう。
左下)さまざまな長さの時間、酵母を培養した培地中での新参者細胞の増殖曲線。培養時間が異なる培地中での増殖を、それぞれ異なる色の線で表している。培養時間が短いと、酵母が培地中に放出した毒が少なく、新参者細胞もすぐに増殖を開始する。一方で、培養時間が長いと、酵母は培地中に大量の毒を放出するため、ほとんどの細胞は死んでしてしまい、わずかに残った生存した細胞の増殖が死んだ細胞のために観測されず、結果的に全体の増殖が非常に遅れるように見える。
右下)毒素に適応した先駆者細胞中に、新参者細胞が侵入してきた状況を模した実験の結果。先駆者細胞は毒素の存在下でも生存・増殖でき、その割合を増やしていくのに対して、新参者細胞はそのほとんどが死んでしまうので、最初は増殖できずに割合は減っていってしまう。その後、僅かに残った新参者細胞の増殖が先駆者細胞の増殖と釣り合うと、割合が一定になる。

 本研究は、大隅基礎科学創成財団、住友財団、科研費「若手研究(課題番号:JP19K16070)」、「新学術領域研究「進化の制約と方向性」(課題番号:JP17H06386、20H04862)」、戦略的創造研究推進事業(課題番号:JPMJCR18S3)、日本医療研究開発機構(課題番号:JP20wm0325003)の支援により実施されました。


論文情報

雑誌:「PLOS Biology」(オンライン版:2022年11月7日掲載)
論文タイトル:Autotoxin-mediated latecomer killing in yeast communities
著者:Arisa H. Oda*, Miki Tamura, Kunihiko Kaneko, Kunihiro Ohta, Tetsuhiro S. Hatakeyama* (* Co-corresponding authors)
DOI番号:10.1371/journal.pbio.3001844


用語説明

(注1)クローン:ある細胞と全く同じ遺伝情報を持つ別の細胞のこと。
(注2)アポトーシス:プログラム細胞死とも呼ばれる。遺伝的に制御された細胞の死に方の一種。
(注3)リネージ:共通の祖先に由来する、出自を同じくする集団のこと。ここでは、一つの細胞から分裂していった子孫の細胞たちを指す。


―東京大学大学院総合文化研究科・教養学部 広報室―

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