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| ■研究者:相関基礎科学系 米谷民明 | はじめに
 | | 図1 :ひものイメージ:左は,閉じたひもが折れ重なって回転している,右は輪状に振動している様子.重力子とその仲間のディラトンに相当する. | 20 世紀,自然科学はそれ以前とは比較にならない多様な進展を遂げました.その中で,最も基本的なレベルでの物理法則の探求の面では,ニュートン力学に基づく古典物理学から,量子力学とアインシュタインの相対性理論に基づく現代物理学へと理解が飛躍的に深まりました.これにより,原子・分子のレベルをはるかに超えたミクロの世界から,100 億年を超える宇宙の歴史までを包含できるような基本法則を人類は手にしているのです.しかし,このような極めて普遍的に成立すると思われている物理法則のもとになっている量子力学と相対性理論の間には,大変深刻な溝があるのだということを皆さんは知っていますか.量子力学も相対性理論もそれぞれ閉じた論理体系としては実に精緻なものであって,実験的にも極めて高度なレベルでその有効性が確かめられています.ところが,両者を真に合体させようとすると,時空幾何学の量子的揺らぎが短距離で限りなく増大することに起因する重大な困難(無限大の困難)が露呈してしまうのです.これは,この問題を解決して初めて古典物理学から現代物理学への脱皮が完成すると言えるような,自然科学全体にとっても21 世紀に残された大きな課題なのです.
力の統一とは何か こう書いてくると,なんだかいかめしいアカデミックな話題のように思われるかも知れません.しかし,実は,皆さんも子供の頃に抱いたことがあるかも知れない素朴な疑問と深い関係があります.「力って何なの」,「力には,万有引力とか,磁石の力とか,いくつか種類があるようだけど,それらには何か関係があるの」,といったような疑問です.物理学の深まりにつれ,こうした疑問に対する答えも深まり,研究の最先端で現在直面している課題がこの問題です.「力とは何か」は,およそ自然科学の疑問のなかでも最も基本的なものの一つと言えます.自然界の現象は,物質の構成,生命現象,宇宙,... とわたって何らかの意味で「力」の発現によっているからです.力を統一的に理解することの意義を考えてみましょう.たとえば,電気の力と磁石の力を一つの法則に基づき理解してはじめて電磁波の存在が導かれ,その性質を精密に計算できるようになりました.電磁波は,私たちの日常生活に欠かせないものであることは改めて言うまでもありません.電気・磁気の力は,もちろん,原子や分子を原子核と電子から構成する力でもあります.量子力学は,原子・分子のレベルから自然界を理解しようとする流れから発展してきて,現在のあらゆる物質理解の基礎になっているわけです.一方,自然界で私たちに親しみ深いもう一つの力である重力=万有引力を深く理解しようとする方向から生まれた成果が,一般相対性理論です.従って,両者が同時に存在しているこの宇宙を理解するには,どうしても量子力学と相対性理論の真の融合統一が必要です.もし電気・磁気の力やその他の力(原子核をつくる力など)と重力の起源を統一的な考え方から理解できれば,自然科学の長い歴史の中で,電磁波の発見にも勝るような大きな意義をもたらすでしょう.原子核の大きさ(10-12cm程度)をはるかにさかのぼるような“超”ミクロの世界と,宇宙全体という“超”マクロの世界の法則が融合されることになるのです.それにより,宇宙の謎を解明しようとする人類の知的営みにとって新たな段階が切り開かれるに違いありません.
超弦理論の成果 私たち駒場素粒子論グループでは,こうした基本問題に非常に早い段階から取り組み,世界的にも注目される様々な研究を進めてきました.特に超弦理論に関しては,日本におけるメッカ的な存在であると言えます.超弦理論は,自然界の物質の構成とその相互作用や時空の幾何学を,想像を絶するようなミクロレベル(長さにして10-33 cm程度)に一種の「ひも」のような物理的実体を想定して説明する理論です.重力と他の力を統一的に理解し,量子力学と相対性理論を融合するためのほとんど唯一の可能性とみなされており,世界的にしのぎを削るようにして研究が進められています.このような統一理論としての超弦理論の発展への最初のきっかけになったのは,1973 年から74 年にかけて米谷,および少し遅れてScherkとSchwarz が行った,弦のうち閉じた輪のようなひも(閉じたひも)を扱う量子力学が,実は,一般相対性理論の自然な拡張になっていることを指摘した研究でした.その後,いまや30 年近い研究の進展により,数々の驚くべき成果が得られています.統一理論の完成までにはまだ長い道のりがあるにしろ,超弦理論の研究を通じて,これまでまったく想像できなかったような力の統一の機構が明らかになってきて,さらにそれに基づき物理学の理論的枠組みを統一する可能性が予感されています.その内容をわずかな紙面で説明するのは難しいので,ここでは駒場で行われている最近の研究(橋本(幸),加藤(光),風間,米谷)と関連が深い,「ゲージ理論と重力理論の関係」について簡単に紹介します.超弦理論の内容の一端を感じ取ってください.
ゲージ理論と一般相対性理論の統一
 | | 図2 :左は閉じたひもの交換が重力を生成する様子を3 体力の場合に表す.右は,これを3 個のゲージ粒子の生成・消滅過程として表す.3 体力は,一般相対性理論の非線形性による.それが「行列理論」と呼ばれるゲージ理論によって記述できることは我々の研究により初めて示された(大川―米谷,1998年). | 閉じた弦の量子力学は,一般相対性理論の拡張とみなせると述べました.簡単に言うと,質量ゼロの基底状態にある「閉じたひも」の交換によって,万有引力が引き起こされます.量子力学に従うと,力はすべて何らかの粒子の交換に帰着するのです.ところで,超弦理論には,閉じたひもだけでなく,端を持った「開いたひも」も存在できます.この開いた弦の端は,Dブレーンと呼ばれる「ひも」とは別の「物理的自由度」です.Dブレーンも質量やエネルギーを持つので,閉じたひもの交換により重力の作用が働きます.ところが,このような閉じたひもの交換は,Dブレーンに結合した「開いたひも」の生成消滅の過程とみなすこともできます(図2 を参照).さらに,ひとつのDブレーンを端にもつような開いたひもにより,Dブレーンの運動自身も記述できます.こうして定式化される「開いたひも」の理論としてのDブレーンの量子力学は,原子核を構成する素粒子であるクオークや,電子やニュートリノなどの素粒子間の力を記述する理論形式として確立している「ゲージ理論」と同じ構造の理論になります.ただし,ゲージ理論のなかでも超対称性(電子や陽子の仲間と光子の仲間を混ぜ合わせるような対称性)と呼ばれるある特別な対称性が高度に実現している理論です.こうした理論の深化により,ミクロの物質構造の理論である量子力学と,重力の理論である一般相対性理論を完全に融合統一する手がかりが,具体的な仕方で明らかになりました.それにとどまらず,このまったく新しい力の統一機構の探求を通じて,相対性理論の根底にある連続的な時間・空間概念に関して,20 世紀に相対性理論によってなされたのに匹敵する変革の必要性が強く示唆されています.このような理論的研究の進展にもかかわらず,私たちの理解はまだ大変不完全なものです.超弦理論にもとづいて,現実に存在する素粒子の分類やその相互作用に関する具体的予言を与えるとか,さらには宇宙の構造と歴史を説明でき計算できるような確固たる理論の構築は,今後の大きな課題となっているのです.今世紀のそう遠くない将来にそのような「究極」理論を,ぜひ日本から,それも駒場から生み出せたら素晴らしいことです.
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