
大学という学びの場で知性を高めることは当然のことです。専門課程に入るのは深い知性を獲得するためだと誰もが思うことでしょう。専門的な教育を受けることで、ある分野の専門家を目指すことが、高度な学問の目標の一つであることは間違いありません。ただ、「高さ」や「深さ」という縦の構造だけではない、さらに新しい次元の知性を可能にしてくれるもの、それがこのパンフレットに掲げられている「越境する知性」です。
「境」があるためには、複数の分野が必要です。その複数の分野は、必ずしも横に広がっているとは限りません。渦巻のように関わり合っていたり、あるいはねじれて、多元的にいくつもの層を形成しつつ触れ合っているものかもしれません。斜め上の発想を可能にしてくれるかもしれませんし、「重層的な非決定へ」と導いてくれるのかもしれません。このように既存の知性のありかたにひとひねり加えてくれるのが教養学部後期課程なのです。
教養学部後期課程には文系と理系と文理融合にまたがる三つの学科があり、その下にいくつもの分科とコースがおかれています。図に示されている三つの輪は円のように見えるかもしれませんが、これは球で、膨らんだりしぼんだり、形を自在に変えて重なり合っています。高さには、あるいは深さには確固とした起点がありますが、この三つの分野の重なりはどこか決定されてしまうことを拒みつつ、今までにない視座を生み出していくのです。
境目を「越える」ことは未知の分野に足を踏み入れることですから、そこには躊躇いが生じるものです。教養学部後期課程では、越境がおそれるものではなく、新鮮な喜びにあふれる新しい出会いなのだと教わることができます。それは教養学部後期課程で研鑽する研究者の誰もが未知の分野を尊重することを経験的に知っているからです。教養学部後期課程では、異なる分野や見知らぬ知性に対してどのように接していくかを自然に学び取る環境が醸成されているのです。
現代社会は、従来の価値観だけでは解決を見いだせないことも多いものです。それは社会が多様化し、さまざまな分野や思考が、想像もつかないかたちでまじりあい、溶け合っているからです。そのような社会では、各々の価値観を尊重しつつ成長することが大切です。皆さんが手に取っているこのパンフレットは、複層的な現代社会をより豊かにするために、どのような学びが後期教養学部でできるのかを教えてくれます。ぜひ次のページをめくって、越境する知性が何であるかを見てほしいと思います。
総合文化研究科・教養学部長寺田 寅彦