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最終更新日:2018.07.09

教養学部報

第541号 外部公開

身体運動科学シンポジウム報告

小幡博基

541-K-4-1.jpg七月二日(土)、学際交流ホールにおいて、身体運動科学研究室が主催する第十九回身体運動科学公開シンポジウムが開催された。

身体運動は全て、脊髄運動ニューロンからのインパルスが筋を収縮させ、腱を介して骨を動かし、関節運動を引き起こすことで発現する。このプロセスにおい て神経からの指令を受け最終的に運動を引き起こす組織、すなわち筋、腱、骨などに代表される組織を運動器という。身体運動科学において運動器は、研究のま さに主役たる組織である。今回の公開シンポジウムでは、この運動器をテーマとして、細胞レベルからアスリートの身体まで、様々な視点から各シンポジストが 最新の研究成果を紹介した。

はじめに、星野太佑助教が「高強度インターバルトレーニングによる骨格筋エネルギー代謝の適応」と題して、きつめの 運動を行う効能を生化学的観点から説明した。一般に、脂肪を燃やすための運動としては低強度長時間運動が用いられることが多く、これはカロリー消費という 観点からは妥当な方法である。一方、細胞内で「エネルギー産生工場」の役割を果たすミトコンドリアに着目すると、この小器官の量を増大させ、さらに機能を 向上させることによって脂肪を燃やしやすい身体にするには、高強度運動が有効であるとのことであった。

佐々木一茂助教の発表「骨格筋における電気力学的遅延を再考する」では、筋の電気的活動が生じて力発揮が始まるまで の、わずか数十ミリ秒程度の時間差から、生体筋の無負荷短縮速度等の収縮特性や粘弾性特性など、さまざまな情報が得られることが説明された。測定には細心 の注意が必要であるが、これまで筋を摘出して行われてきた筋機能の評価が非侵襲的に行える可能性を示しており、今後スポーツタレントの発掘や医学診断など への応用が期待される。

久保啓太郎准教授の発表「筋力トレーニングおよび脱トレーニングに伴う筋・腱特性変化のタイムコース」では、筋に比 べると等閑視されがちな腱にも注目し、筋・腱それぞれに対するトレーニング効果の違いが説明された。腱のトレーニングに対する適応は筋機能(最大筋力、活 動水準)に比べて遅いが、腱の脱トレーニングに対する適応(腱ステイッフネスの減少)は比較的はやいことが示され、これらの知見により、パフォーマンス向 上や障害予防では、両組織の変化を考慮に入れたトレーニングプログラムを導入する必要性が示された。

工藤和俊准教授による「トップアスリートの身体スキル」に関する発表では、オリンピック金メダリスト、大相撲の横 綱、プロの音楽演奏家やストリートダンサーなど、一流パフォーマーの運動制御能力についての知見が紹介された。一見すると全く異なる種目同士であっても、 たとえば姿勢制御に着目するとスキージャンプの金メダリストと横綱に共通点が認められたり、一流音楽家とアルペンスキーヤーに共通の筋活動特性が認められ たり、プロドラマーとダンサーの一流パフォーマンスが共通した非線形力学系モデルで説明できたりするなど、高度な運動能力の背後にある興味深い特徴が紹介 された。

最後に、医師でもある福井尚志准教授より「軟骨細胞の機能制御-変形性関節症の新たな治療を目指して」と題して、変 形性関節症に伴う軟骨細胞の機能変化に関する遺伝子レベルの研究知見が紹介された。発表では変形性関節症軟骨変性部における軟骨細胞の代謝活性の変化が、 脱分化での変化に似ているという視点が紹介され、一部の遺伝子発現では両者に共通点が見られることが示唆された。今後さらに研究が進むことで、変形性関節 症の新たな治療法の確立につながる可能性がある。

続く討論では、フロアからさまざまな質問やコメントが寄せられ、活発な議論が交わされた。以上の発表および討論により、これらの研究がスポーツパフォーマンスの向上や運動器疾患の治療に応用されつつあることを実感することができた。

来年は第二〇回目、身体運動科学シンポジウムにとって節目の年を迎える。このシンポジウムをさらに有意義なものへと発展させるためのきっかけの回としたい。

(生命環境科学系/スポーツ・身体運動)

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