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最終更新日:2015.08.27

駒場キャンパスの歴史

1935 年、本郷キャンパスの隣地、現在の農学部の敷地にあった第一高等学校と、当時の東京帝国大学とのあいだで敷地交換の話がまとまり、双方の移転が行われた。このとき敷地交換を求めた帝国大学側は、主要な建物を建造することを約束し、これによって現在の1 号館をはじめとする建物が、本郷キャンパスと同じ様式でつくられた。戦後、第一高等学校が東京大学に包摂されたのに伴い、このキャンパスが本学部の敷地となったが、当時の建物のうち現存しているのは1 号館及び講堂(900 番教室)、図書館(現在は博物館)、101 号館である。キャンパスは第2 次大戦中に被災して荒廃し、新制大学発足の草創期は、焼け残った第一高等学校時代の建物と、戦災後急造された教室から出発した。以後とくに植樹に力を入れ、緑の復元につとめた。いま駒場キャンパスがゆたかな緑に包まれ、珍しい樹木も数多く見られるのは、こうした歴史によるものである。いまでは名物になっている桜は戦後植樹されたものが多く、ラグビー場の土手の桜並木もその一つである。

1980 年代以降、主としてキャンパス西側に次々と研究棟が竣工し、研究施設が刷新されたが、2000 年代に入り、東側で、より豊かな学習環境を創造し、課外活動を支援する施設の整備が進められている。2006 年度には、舞台芸術や音楽実習のための演習室、課外活動のための施設を備えた「駒場コミュニケーション・プラザ」が開館し、駒場キャンパスの雰囲気が大きく変わった。Information and Communications Technology(ICT)を活用した能動的な学習のためのスタジオ教室群を擁する21 Komaba Center for Educational Excellence(21KOMCEE)は、2011 年度にWest が、2014年度にEast がそれぞれ完成した。

2015 年度には、6 号館が改修されて駒場国際教育研究棟として生まれかわり、駒場キャンパスの国際化がさらに充実した。

なお、キャンパスのソフト面の動きとして、携帯・PC メールアドレスに一斉通報し、必要に応じて安否確認を行う「駒場アラート」というシステムが、2010 年度から導入された。2011 年3 月11 日の東日本大震災の際には、地震発生から1 時間後にはその当時登録していた4,400 人のうち1,500 人、翌日朝までには3,000 人の安否が判明するなど、威力を発揮した。現在、駒場キャンパスの多くの学生と教職員が「駒場アラート」に登録し、必要に応じて登録した保護者にも結果を通知することが可能となっている。
 

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