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最終更新日:2017.06.23

教養学部報

第542号 外部公開

ヒットラー・ユーゲントのバカヤロー! 「一髙/獨逸」展の開催の経緯と準備について

岡本拓司

542-B-4-1-01.jpg昨年度、同じ時期に「真空から生まれる科学と技術」という展示を行ったが、『教養学部報』からは開催後にこの展示に関する原稿の依頼が来た。今回は、や はり駒場博物館で開催される「一髙/獨逸」展に関する原稿の依頼で、同展の初日は十月十五日であるから、開催前の依頼である。それはよい。しかし、依頼が 伝わったのは九月十八日で、締切はいろいろな事情で九月二十日であるとのことであった。これを書いているのは九月十九日である。ほかに急ぎの仕事もあって つらいところであるが、引き受け手もないということで担当することとした。

といっても、私は現在国外にいて、企画は九月二十三日に帰国してから固める予定であったために、展示内容は確定してはいない。展示前に外国とは何事かと 自分でも思うが、昨年度も同じ時期は同じところにいた。こういう準備の仕方では大変なこともあるのだが、ほかに事情もあるので仕方がない。その外国の滞在 先が、たまたまドイツであればまだ何か書けたかもしれないが、そうではなく、第二次大戦でのドイツの同盟国でスターリングラードで共に戦ったりはしたが、 戦後は共産主義国となったところである。ドイツ式に作られた都市も点在するが、今回の展示に関連することはほとんどない。

従って、以下では、展示が開催されるに至った経緯や準備の過程を記しながら、構想段階ではあるが展示についても紹介していくこととする。ただし、書くこ とができるのは、私が担当する展示の約半分、科学技術・政治・外交などからみた第一高等学校(一高)とドイツとの関わりについての部分である。ドイツ語教 育など、本道ともいうべき部分は、安達裕之先生が担当してくださっており、こちらは万全の準備がなされているので、どうぞぜひご期待ください。

なお、十月二十八日の「高校生のための金曜特別講座」、十月二十九日を中心とした駒場図書館における展示、さらに駒場祭期間中の十一月二十七日の講演で も関連の企画が行われる。こうやってあたふたと作った展示の結果にご関心がおありの方は、ぜひどうぞのぞきにきてください。

ドイツに関連した企画の話を伺ったのは昨年のことで、二〇一一年が、日本がプロイセンと修好・通商・航海条約を一八六一年に結んでから百五十年になるのを記念して、ドイツ大使館の援助をもとに展示を企画したいとのことであった。

日本とドイツといえば私にすぐに思い浮かぶのは戦争で、といってもロシアと聞いても、アメリカと聞いても、中国と聞いてもすぐ戦争が思い浮かぶのだが、 日清戦争後にロシア・ドイツ・フランスの三国による干渉で遼東半島の返還を強いられた屈辱を第一次大戦の青島での対独戦勝利で雪いだことや、日中戦争の勃 発当初、蒋介石が強気であったのはドイツ軍の指導を得ていたためで、上海の日本海軍の陸戦隊を襲ったあと、上海をとり囲む陣地で、支援に来るはずの本国の 軍隊も殲滅しようとしたところ、多田駿や松井石根の適切な作戦指導で却って中国軍に対する殲滅戦となってしまったこと、つまり日中戦争は初めのうちは日独 戦争に近く、またしても日本が勝利したこと、などを思いついた。

542-B-4-1-02.jpg資料を最初から探すのは大変だが、安達先生から、青島で鹵獲した本が駒場図書館にあることや、ドイツから得た南洋諸島を一九一五年に高校生たちが航海し た際に使った旗を入手されたことを伺っており、また、一九三八年九月二十日には、ヒットラー・ユーゲントの一団が、駒場にあった一高を訪ね、「バカヤ ロー」の声で「歓迎」されたという出来事も思いだした。一高関連の資料を探せば、ドイツとの交流に関わる展示を組み立てることも可能かもしれないと考え た。

実際に詳しく話を伺うと、しかし、大使館の意向もあって、戦争やヒットラーの話はしないでほしいとのことであった。科学技術関連ならば中立的だろうと思 い、一九二二年にアインシュタインの訪日があり、一高で教えていた土井不曇という若い物理学者が反相対論を掲げて講演後に質問に立った話などはどうかと提 案すると、アインシュタインもどうも、とのことである。ユダヤ人であり、ナチスの迫害を受けてアメリカに亡命した人物だからであろうか。それではいっそ逆 に(「逆」かなあ)、一高には、ドイツ由来のマルクス主義で処分された生徒がたくさんいたので、その話はどうかと考えた。日本で暗躍したソ連のドイツ人ス パイ、ゾルゲを助けた尾崎秀実も一高出身である。しかしこれもよくないとのことである(まあそうだろうなあ)。八方ふさがりという感じであったが、科学技 術関連に絞れば多少の話題も見つかるだろうと思い、しばらくはそのままになっていた。

二〇一一年に入り、三月になると大震災があった。東京にあった大使館の多くが西日本に避難したが、ドイツ大使館もそのうちの一つであった。しばらくし て、そうした騒ぎのために、ドイツ大使館が展示の援助をする余裕はなくなったが、ほかに企画もないので、博物館としては、秋の展示は日独修好百五十周年を 取り上げたものにしたいということになった。というわけで大使館の意向を気にする必要はなくなり、右のような事情で断念しかけた企画をほとんど復活させる こととした。

加えて、ヒットラー・ユーゲントを首相官邸で歓迎した近衛文麿、日独防共協定を結んだ際の首相で近衛が自殺してしまったためにとばっちりをくったかたち で文官で唯一東京裁判で死刑となった広田弘毅、防共協定後に独ソ不可侵条約が結ばれ「欧州の天地は複雑怪奇」といって辞職した平沼騏一郎、ドイツとの同盟 は危ないと忠告し東京大空襲で行方不明となった外交官の石井菊次郎、反対に三国同盟を推進した外交官で戦後はA級戦犯となった白鳥敏夫など、ドイツと関 わって厄介な目にあった、一高(とその前身)出身の政治家・官僚についても、少しだけでも触れてみることとした。

戦前期の日本が、文学・哲学・医学、或いは国家体制全般などについてドイツの影響を強く受けたとはよく指摘されるところである。今回は、おもにそれ以外 のあまり知られていない側面を、戦前の高等学校を通して眺めるという展示である。いつもの通り準備にはてんてこ舞いですが(といっても今は日本にいないの で帰ってからの話)、仕上がり具合は、十月十五日以降、正門脇の駒場博物館でご覧になれます。

(相関基礎科学系/科学史・科学哲学)

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