HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報549号(2012年7月 4日)

教養学部報

第549号 外部公開

イクメンザル、コモンマーモセットの子育て

齋藤慈子

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子どもを背負うマーモセットのお父さん
私たちヒトは社会的な動物であり、生きていくためには、物理的な環境に適応したり、食物を獲得したりするだけでなく、他者という社会的環境とうまくやっていくことも非常に重要です。私たちヒトを含めた哺乳類は、親の世話なくしては生きていけないため、生後最初に接する社会的環境は、養育者との関係ということになります。この関係が社会性の発達に大きな影響を与えるもののひとつであることは想像に難くありません。そこで私は、生後の社会的環境を形づくる、養育者の養育行動を研究しています。

私が研究対象としているのは、霊長類の一種、コモンマーモセット(<I>Callithrix jacchus</I>)です(写真)。コモンマーモセットは、南米の熱帯雨林にすむ新世界ザルで、体重が二五〇~五〇〇gと小さく、果実や昆虫、樹脂や樹液を食物としています。非常に多産で、妊娠期間は約一五〇日、出産は年二回で、体重三〇g前後の子が、多くの場合双子で生まれてきます。母親は出産後一週間ほどすると、再び発情、排卵し、次の子どもを妊娠します。

これは、授乳しながらおなかで次の子どもを育てるという大変な負担です。そんな母親の負担を軽減すべく、マーモセットの仲間では、母親だけでなく父親や兄姉も子どもを背負って運び、子育てに参加します。マーモセットは、最近話題のイクメンお父さんも顔負けのイクメンザルなのです。母親以外の個体が子育てに参加する種は、実は哺乳類では一〇%もいません。このようなマーモセットを研究することで、同じく母親以外の個体が子育てに参加する、人間の養育行動に関するヒントが得られるのではないかと思っています。

家族みんなで子育てをするマーモセットですが、家族の中での役割分担はどうなっているのでしょうか。まずは子どもが生まれてから八週間、どの個体がどれくらい子どもを背負っているかを観察してみました。その結果、父母ともに子どもを背負う時間は子どもの成長に合わせて徐々に減少していきましたが、子どもが一週齢のときだけ、父親が背負う時間がその曲線から大きく外れるようにさらに減少していました。その間は、父親の減少分を補うように、兄姉個体がたくさん子どもを背負っていました。子どもが一週齢のとき、父親は何をしているかというと、どうやら再び発情した母親を追いかけていて、子育てがおろそかになってしまうようです。

また、子どもに対する反応性を調べるために、乳児を見せてどのくらい素早く近寄って背負うかもテストしてみました。子どもが生まれてから一週間テストをしてみたところ、乳児を見せると、父親はどの個体も速やかに乳児のところにかけより背負ったのですが、母親の中には、全く乳児のところへ行かない、乳児に興味を示さないという個体もいました。一般的に哺乳類の母親は、妊娠、出産によりホルモンのレベルが変化し、養育行動をおこなうようになるといわれていますが、マーモセットでは、生後1週間は母親より父親のほうが子どもに対する反応性が一貫して高いようです。

ちなみに兄姉個体は、弟妹に初めて接する数日の間は、どうしたらよいのかわからない様子で、背負うまでに時間がかかってしまっていましたが、数日後には両親と同じような早さで乳児を背負えるようになりました。お兄ちゃんお姉ちゃんが養育行動をおこなうには、ある程度の練習が必要なようです。

マーモセットの仲間で特徴的な行動に、自分の手にした食べ物を他の個体に渡す、食物分配行動があります。この行動は他の霊長類の仲間ではあまりみられませんが、マーモセットの仲間では、親子間、オスメスのペア間、きょうだい間などでも頻繁にみられます。これも子どもに栄養を与えるという意味で、養育行動のひとつといえます。食物分配という場面で、父親と母親、それぞれが子どもにどのような行動をとっているのか調べてみたところ、離乳前の子には自分の手から餌をとることを許すけれども、離乳後の子に対しては、威嚇の声を出したり、ひどい時には子どもを押したりして餌を渡すまいと拒絶しました。このような行動は、父親と母親で違いなく見られることがわかりました。

このように、ひと口にマーモセットの養育行動といっても、背負っている時間や、鳴いている子どもに近寄って背負う行動、食べ物を分け与える行動など、行動の種類によって、また発達過程の時点によって、家族の誰がどのくらい行うのかが異なるようです。こういった行動がどうやって現れてくるのか、その神経メカニズムや内分泌の影響なども調べていければと思い、研究を続けています。最後に、私自身も今年2月に出産し、自分の研究テーマを実体験しています。ヒトもまた、母親ひとりでは子育てができない種であることを実感する毎日です。世の中のお父さん、お兄ちゃん、お姉ちゃん、おじいちゃん、おばあちゃん、周囲の皆さん、お母さんをサポートしてください!

(生命環境科学系/心理・教育学)

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