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最終更新日:2017.06.23

教養学部報

第554号 外部公開

〈駒場をあとに〉東大での四六年

大島利雄

554-D-3-1.jpg私が駒場に入学したのは一九六七年のことでした。それ以来平成二四年度をもって駒場を去るまで、四六年の長きにわたって東京大学に在籍ということになります。教養学部の二年生のときに東大紛争が起こって教養学部も全学ストライキに突入し、後期課程への進学は八ヶ月程遅れました。本郷キャンパスの理学部数学科から理学系大学院に進んで数学を専攻し、修士修了直後に理学部の助手に採用されました。助手を四年勤めたあと、一九七七年に教養学部助教授に採用され、一九八一年に再び理学部に移りました。

一九九一年には大学院重点化の一環として数理科学研究科の設立に関わり、理学部時代最後の数学科主任を勤めました。翌年から東大の全ての数学の教員は、設立された数理科学研究科所属となりました。一九九五年に数理科学研究科のⅠ期棟が駒場に完成し、私はその年の夏に本郷キャンパスから駒場キャンパスに戻りました。駒場、本郷、駒場、本郷、駒場と所属が移り、数えてみると延べ二四年三ヶ月駒場に在籍していたことになります。

教養学部の理Iに入学し、東京での一人暮らしとともに始まったのが東大での日常です。語学で分けられた同じクラスには、全国各地出身の様々な学生がいました。東大紛争に関係することを含め、クラスの中で皆で激論を戦わせたり話し合いをしたのが貴重な経験となりました。当然、意見の対立はありましたが、真剣に議論をした仲間には一体感が生まれ、現在も毎年クラス会が続いています。紛争前の学部一年のときには、斎藤正彦先生の全学ゼミで、シュワルツの「物理数学の方法」を読みました。これは先生のご専門ではなかったようで、参加していた二年生や先生も含めて皆で解読しながら読んだことは、とても楽しい経験となり、数学を専攻する動機の一つになりました。

後に研究者として同僚になって先生に伺うと、数学の新しい概念に興味を持ってそれを知りたかったので、テキストに選んだ、ということでした。このころ、全学ゼミは名称も異なっていたと思いますし、単位にはなりませんでしたが、今と同様沢山開講されていたように思います。紛争中には、クラス担任の物理の位田正邦先生にお願いして、物理の洋書を推薦していただき、先生の助言を得ながら何人かの有志で輪講しました。

一九七七年に教養学部の助教授になって、一年生の解析を担当しました。試験前にクラスを代表した学生から「先生の試験の傾向は何ですか?」と質問を受けたのには驚きました。「試験の経験はないので、傾向はありません」と答えましたが。また、何人かの学生に「自分たちは他の人より理解が遅く、解析の内容が難しく感じます。勉強したいので、先生に見てもらえませんか?」と要望されました。その頃は、高木貞治の「解析概論」が定番の本の一つでしたが、講義内容と同じ部分を読むよりはと思って、それの解析函数の章を読むことを勧めました。十人弱の参加者でしたが、読み進めるうちにとても面白くなったようで、ある学生に「自分は成績が良くないので、数学への進学は難しいと思うが、数学に進んで先生の助手になりたい」と言われてとても感激しました。

教養学部の助教授時代にはプリンストンの高等研究所で研究員として二年間過ごすことを認めていただきました。自分の研究を深めることが出来たのは当然ですが、海外での生活で日本とは異なる様々な価値観に接した若い時の驚きは、とても貴重な経験であり、その後の自分を形成していくのに大いに役立ったと思っています。

代数は難しそうなので、私は解析の分野から数学の研究に入りました。その頃、京都大学の数理解析研究所にいらした佐藤幹夫先生が若い頃考えられた「佐藤超函数」を学び、日本で創られ急速に発展していた「代数解析」の分野に入りました。表現論におけるある予想が佐藤超函数に関連していることを学び、それを異なる分野の数学者との共同研究で解くことをきっかけとして表現論に興味を持つようになりました。「表現論」は代数、幾何、解析が交叉する分野です。より抽象的な問題を研究し、新しい概念やその定式化を行いました。

理学部所属に移ったころから次第に大学院生を多く指導するようになりました。院生のタイプは様々で、数学研究への望ましい入り方も様々となり、抽象的な概念からよりは、具体的な計算をきっかけとするのが適する場合もあります。そのようなことも考慮して、自分も視野を広げて、よりいろいろな数学を研究するように心がけました。具体的に計算可能な問題や、幾何的実現、代数的議論、数理物理、組み合わせ論、コンピュータのアルゴリズムなど、様々な角度から興味をもつようになりました。六十歳を過ぎてからは、多項式係数の常微分方程式と特殊関数という古典的なテーマに取り組み、その第一段として新たな統一的理解を得ることが出来ました。今までの研究生活で最長となる二百ページを超える論文にまとめたものが昨年十一月末に日本数学会から出版されました。

自分の専門以外では、東大紛争や数理科学研究科の設立の他、後期日程入試の対応に関わったり、また、法人化の準備時期には総長補佐、さらに数理科学研究科の研究科長を三年間勤めたことが、最も印象に残っている経験であったと思います。東大の大きな変革を様々な形で経験して来ました。現在東大では、濱田総長を中心として秋入学を模索中であり、東大や社会に大きな変革をもたらす可能性があります。今まで多くの変革の時期にも、東大は知恵を結集して、良い方向に進み、日本をリードして来たと思います。学生の皆さんも含めて若い世代の方達は十分先を見通して良い未来が開けるよう議論に参加し、経験と知恵を結集することによって、東京大学が今後も日本、世界をリードして発展していくことを願っています。

(数理)

 

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