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教養学部報

第559号 外部公開

〈時に沿って〉 バランスをとりながら

今井一博

この4月に広域科学専攻生命環境科学系の准教授として着任しました。三月までは病院で整形外科の医師をしていましたので、仕事内容も生活スタイルも一変しました。どうして医師から教員になったのか、とよく聞かれます。様々な理由がありますが、今から考えるとバランスをとるため、という答えが一番しっくりきます。病院は病気やケガなど、様々な悩みをかかえた人たちが集まります。悩みを聞き、原因を見つけ、治療すると感謝されますし、やりがいがあります。整形外科の手術は成果がすぐわかり、達成感があります。

医師になって19年、充実した日々でした。それでも医師として経験をつんでくると、現代医学の限界が気になってきます。整形外科には骨・関節・筋肉といった運動器の脆弱化が原因で歩けなくなるなど通常の生活が送れなくなった人が多く受診します。適切な時期に適切な治療を行えば再び通常の生活が送れるようになりますが、時期を逃したり適切な治療が受けられなかったりすると、快復が見込めなくなります。通常の生活が送れない要介護状態の人が多くなった現実を病院で経験してきて、病院で待っているだけではなく、運動器の脆弱化をもっと早い段階で予防しなければ、と思いました。また、運動器を強化する方法についてもっとよく知らなければ、という思いに至りました。

駒場に来てスポーツ医学と身体運動科学の教育と研究をはじめたわけですが、治療(修理)をするだけではなく、予防(メンテナンス)や強化(育成)を行うことで、運動器についてバランスよくつきあうようになりました。私自身、スポーツ身体運動実習(スポ身)でサッカーやゴルフなどをすることにより、運動器のメンテナンス・強化が出来ているな、と実感しています。そして定期的に運動することがバランスをとるのに最適であることに気付きました。身体だけでなく、心のバランスも得られるのです。

研究でパソコンや実験機器に向かって作業していると、数時間誰とも会話せず椅子に座りっぱなしということがよくあります。すると首・肩・腰に痛みや張り感が出てきます。また、心の充実感が今ひとつ欠けている感じがします。これが週に数回、定期的にスポ身を受け持つことで、身体も心も健全になりました。定期的で適度な運動が心身の健康を保つために良いことを科学的に実証することが、これからのライフワークになるでしょう。駒場には文系の学生さんも理系の学生さんもいます。

25年前、私が駒場の学生だった時には、バリバリの理系でした。クリアカットに物事を説明すること、未知なものを知ること、に強い関心を持っていました。その後医学の最先端に触れ、医療の最前線に出て、様々な人と出会い、交流し、人生につきものの様々な経験をすることによって、文系・哲学的なものに対する興味が強くなりました。理系人間から始まり、徐々に文系にシフトすることでバランスをとっているのかな、と解釈しています。

学生の皆さんには、大学でそして大学の外で様々なことを学び経験をし、多少はバランスをとりながら成長していただきたいと思います。でも、バランスをとることより、興味があることを深めることをおすすめします。興味の対象はその時々で変わっていくでしょうし、バランスをとることは大学を卒業した後でも、いつでもできることですから。

(生命環境科学系/スポーツ・身体運動)
 

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