HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報560号()

教養学部報

第560号 外部公開

下山静香氏、スペインとラテンアメリカのピアノ曲を弾く テーマ講義「ラテンアメリカ、異文化と出会う」

竹村文彦

今年度の夏学期、スペイン語部会は「ラテンアメリカ、異文化と出会う」と題するテーマ講義を開講した。この講義には、主に二つの狙いがあった。そのひとつ目は講義題目の通り、ラテンアメリカが異文化と出会ったとき、一体何が生まれたのかという問題をさまざまな学問分野の見地から検証することであった。たとえば斎藤文子教授は、コロンブスの航海日誌を読み解き、西欧人とラテンアメリカ先住民との最初の接触の実像に迫った。また、箭内匡教授(文化人類学部会)はブラジル先住民がビデオ・カメラと出会うことで、どのような自己表現を獲得したかを論じた。和田毅准教授(社会・社会思想史部会)は、メキシコ社会とグローバル化との出会いに焦点を当てた。

560-B-3-1-02.jpg
下山静香氏(撮影:石橋純)

今回のテーマ講義のもうひとつの狙いは、スペインとラテンアメリカの芸術を重点的に紹介することであった。そこでまず、ラテンアメリカ美術の日本における第一人者である加藤薫・神奈川大学教授をお招きし、メキシコの壁画運動について講じてもらった。木村秀雄教授は、ガウディを中心とするバルセロナのモダニズム建築を概観した。石橋純准教授は、スペインとラテンアメリカの民衆音楽の特質を説いた。この石橋氏の講義の応用編、そしてテーマ講義全体の目玉として企画されたのが、ピアニストの下山静香氏を講師に迎えたレクチャー・コンサート「スペイン&ラテンアメリカ 心揺さぶるピアノ音楽の魅力」であった(五月二八日(火)、駒場コミュニケーション・プラザ北館二階・音楽実習室にて。共催:駒場友の会)。

560-B-3-1-01.jpg
満場の聴衆の前で演奏する下山氏(撮影:石橋純)

下山静香さんは、名ピアニストA・デ・ラローチャに師事され、スペインで長いこと研鑽を積まれた方で、コンサート活動はもちろん、CD録音や執筆活動でも大活躍されている。レクチャー・コンサートの初めに、下山さんはスペイン音楽の基本的特徴を三つ指摘した。ひとつ目は「メリスマ」という唱法で、日本の演歌のこぶしにも似た音の揺らし。ピアノ曲では、フラメンコのカンテ・ホンドを模したような旋律をはじめ、小粋な装飾音としてもよく現れるという。二つ目は「ミの旋法」。ドの音に始まる標準的な西洋音楽の音階とは異なり、「ミの旋法」はミの音に始まり、一オクターヴ上のミで終わる。

560-B-3-1-03.jpg
見事な演奏を披露する下山静香氏(撮影:石橋純)

フラメンコでも多用されるこの音階が、どこか不安定で神秘的な雰囲気を醸し出すのだという。三つ目は「ヘミオラ」と呼ばれる混合リズム。たとえば、八分の六拍子と四分の三拍子を組み合わせたリズム(「タタタ・タタタ・タン・タン・タン」)がそれに当たる。ラテンアメリカにも伝わったこのリズムの分かりやすい例として、下山さんはバーンスタイン作曲《ウェストサイド物語》中の歌曲「アメリカ」の冒頭部分を弾かれた。「アメリカ」でこの混合リズムが使われるのは、この曲を歌うのがプエルトリコ系米国人の女性たちだからだ。

560-B-3-1-04.jpg
下山静香氏のレクチャー・コンサート(撮影:石橋純)

以上のようなスペイン音楽の特徴が響く曲として、下山さんはアルベニスの「入り江のざわめき」、ファリャの「火祭りの踊り」、グラナドスの「嘆き、またはマハと夜鳴きうぐいす」などを実演した。この最後の曲は、作曲家の代表的な曲集《ゴイェスカス》の中心をなす。曲集が編まれた二十世紀初頭は、没落の極みにあったスペインが、自身の過去を問い直した時代であった。ゴヤの風俗画に触発され、若い男女の愛と死を描いたこの曲集は、そうした流れの中に位置づけられるという。

ピアノ音楽の旅はここで、ラテンアメリカに舞台を移し、広範な地域にわたる作曲家の多彩な曲目が取り上げられた。すなわち、レクオーナ(キューバ)の「真夜中のコンガ」、デルガド・パラシオス(ベネズエラ)の「彼女の優しい顔つき」、ヴィラ=ロボス(ブラジル)の「白いインディオの踊り」といった曲目である。下山さんの演奏は、不気味な情念や、むせ返るほどのロマンの香り、ラテン特有のノリなど各曲の特性を余すところなく表出し、満場の聴衆を魅了した。

講義の終了後には、ささやかな懇親会が催され、受講生たちは下山さんと親しく会話を交わす機会を得た(生協食堂三階、交流ラウンジにて)。「ラテンアメリカ音楽独自のリズムなどの特徴を、プロのピアニストの演奏を通して確認することができ、本当によい機会だった。下山さんの演奏には圧倒され、気づかないうちに夢中になっていた」、「この内容は九〇分では足りないと思った」――受講生に書いてもらったアンケートでも、こんなうれしい言葉が並んだ。

このコンサートの開催に当たっては、駒場友の会から全面的なご支援をいただいた。この場をお借りして、厚くお礼を申し上げます。

(地域文化研究専攻/スペイン語)


 

第560号一覧へ戻る  教養学部報TOPへ戻る

無断での転載、転用、複写を禁じます。

総合情報