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教養学部報

第561号 外部公開

〈時に沿って〉 必須ではないけれど重要なこと

大杉美穂

4月1日、教員として再びここに通う毎日が来るとは想像もしていなかったという感慨を胸に、駒場キャンパスの正門をくぐりました。駒場寮がなくなり、生協や図書館が建て替わるなど、大きく様子の変わったところも多く、懐かしくも新鮮に映りましたが、二十数年前に気持ちが戻った出来事もありました。

私の専門は分子細胞生物学です。生物の構成単位である細胞が二つに分裂するとき、遺伝情報をもつ染色体も正確に二等分される必要があります。例えばヒトの細胞の場合、四十六本ある染色体を一本も損なわずに分配するという離れ業を可能にするしくみを細胞は備えています。

このしくみが、どの遺伝子のどのようなはたらきで構成されているかを明らかにすることを研究テーマとしています。私の学生時代には、このしくみに関わる「必須」な遺伝子が次々と同定されていました。そして最近では、必須ではない(その遺伝子を失っても、多くの細胞は染色体を正確に分配可能である)が、特殊な条件下にある細胞、あるいはより高い正確性を担保するために「重要」である遺伝子の存在も明らかになってきました。私は、その言わば微調整機能、補助機能を担っている遺伝子のはたらきについて特に興味をもっています。

私が理科Ⅱ類に入学した平成元年の春、入学式で「東京大学の女子学生が初めて一割を超えた」と聞いた記憶があります。女子学生の少なさに驚きつつ、入学試験会場であった工学部の建物では男性用トイレの一部が臨時女性用トイレとして使われていた理由がわかったと納得もしました。そして駒場での授業が始まると女性用トイレの少なさに驚かされました。講義と講義の合間の短い休憩時間を有効に使うには、キャンパス内の女性用トイレの場所の把握が必須でした。幸いな事に平成25年現在、夏学期に講義を行った建物ではキレイな女性用トイレを男性用トイレと同じ数だけ見つける事ができました。トイレを探しまわったことは今となっては懐かしい想い出になったと、そう思いました。ところが……。

私の所属する生物部会では、私が初の女性教授会メンバーなのだそうです。そのことにも大変驚きましたが、個人的にさらにそれを上回る驚きが待っていました。講義棟の状況とは異なり、研究室の最寄りの女性用トイレは未だに和式二つのみだったのです。他の階には洋式トイレを見つけることができましたが、個室内には手荷物を掛けるフックも棚も見当たりません。数こそ問題なくあるものの、駒場での私はやはり今回もトイレ探しをする運命にあるようです。

ただし今回は「快適な」トイレ探しですから大きな違いとも言えます。今、東京大学の女子学生の割合は二割近くまで増えましたが、他大学と比較するとまだまだダントツに少ない割合だそうです。特に理系学部、学科ではポスドク、助教といった職員の女性割合は、大学院生の割合と比べて一段と低くなってしまいます。そんな状況の打開策のひとつは、案外こんな「必須ではないけれど重要なこと」にあるのかもしれません。

(生命環境科学系/生物)
 

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