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最終更新日:2018.07.09

教養学部報

第578号 外部公開

熱心に学ぶ学生を生み出すものは何か ~日英大学生雑感~ (Ⅰ)

荒巻健二

私語との闘いに始まった大学教員生活

大学の教壇に立ってから早一八年、本校では定年までもう一年余りとなった。初めて教壇に立ったのは、役所からの出向で教えた地方の国立大学であったが、講義では私語に悩まされ、様々な手段を講じたが効果がなく、最終的には毎回配布していた質問シート(講義に対する質問を書かせ次回に説明するもの)をやめたところ、出席者が若干減って私語が激減するという経験をした。結局学生は質問シートを出席点であると考えていたようで、単位取得のため出席点を心配して出てきていた、講義に関心のない(友達と話に来る)学生が来なくなったため静かになったと思われる。事実毎回他の配布資料に比べ質問シートの残部数が少ない印象があり(前に置いて自由にとらせていた)、しかも代返がダブったためか、同じ名前で質問シートが二枚出てきたこともあった。結局、学生は授業の単位取得、ひいては進級ないし卒業には関心があるが、授業内容の習得には必ずしも関心がないのではないか、それはいったい何故なのだろうか。

我々は社会に役立つことをしていないのか?

また一八年前は、徐々に変わりつつあったものの、まだ社会科学系(私の専門は経済)の大学院進学は現在と比べると少なく、大学院に進学することは研究の道を選ぶ(他の道はむしろ狭まる)ことに近い印象があった。理系は当時でも少なくとも修士までは進学する学生が多く、大学院で学ぶことが学部卒に比べ就職に不利になることはないと思われるのに、何故社会科学系(人文系も同じであろうが)は大学院に進学すると社会に出にくくなるのだろうか。学部で学ぶことを更に高度に推し進めることが社会に出る選択肢を減らすとは、我々は社会に役に立つことをしていないのだろうか。
本学では幸い私語に悩まされることはなく、進学振分け制度もあり、一、二年生の勉学意欲(高得点獲得意欲)は極めて高い。ただ、私の属する駒場の後期生は意欲の高い学生が多く楽しく教えているが、これは文系の後期生全体あるいは日本の文系大学生に全般的に言えることなのだろうか。司法試験や公務員試験などの試験あるいは大学院進学を目指す学生を除き、単位取得でなく授業内容の習得をどれだけ多くの学生が目指しているかわからない。長期経済低迷に伴う就職状況の悪化で日本の学生の勉学意欲も以前とは異なり高くなったとの話も聞くが、依然として我々の授業が単位取得を超えて学生の人生にとってどのような意味でrelevantであるのかについては、私個人としてはなお納得のいく解答を得られていない。以下、英国の事情を踏まえつつ、日本の大学(特に文系)全般について考えてみたい。

英国の学生は熱心に勉強するか

サバティカルで一年滞在した英国では、国際金融危機について研究を行う傍ら、ゲスト・レクチャラーとして日本経済について授業を行う機会を得た。その前年にも出張の機会にゲストとして話をしたことから通算二年にわたり授業をしたが、熱心に受講する学生が目についた(但し、全員ではなく年によるばらつきもある)。外国の大学で教えるのは初めてであり、限られた経験であるので、一般的な印象を引き出してはいけないが、英国の大学には熱心に授業内容を習得しようとする学生がそもそも多いのか、単に偶然なのか、疑問に残った。

熱心な勉強を支える要因

学生が熱心に受講するとすれば、それをもたらす要因として考えられるのは、次のようなものであろう。
①そもそも授業内容に関心を持つ学生が受講している(自律説)
②授業内容の習得を強いる仕組みがある(他律説)
③授業内容を習得するとメリット(例えば就職に役立つ)がある(実益説)
もちろんこれらは相互に排除しあうものではないが(例えば①(自律)と③(実益))、日本の理系では、③(実益)、②(他律)がかなり当てはまるようにも思われる。学生が授業内容の習得に意欲を持たない状況は、①〜③が全て不在と思われる。関心もなく実益もない授業で、内容に関心を持たなくとも問題とならないという、自発性もアメもムチもない状態である。

英国の若者達はどのような学生生活を送ったか

英国の大学生はそもそも熱心に勉強するのか、仮にするとすればそれは何故か。これを実際に検証するのは容易ではないので、サンプル的にインタビューないしアンケート調査できないか考えた。たまたま三五年以上前の留学時代の卓球仲間の英国人に話したところ、英国の大学で学んだ彼の会社の取引先の若者にアンケートを回してくれた。回収は若干名で統計的に意味のあるものではないが、それぞれが自分の人生の選択にまで踏み込んだ丁寧な回答を寄せてくれ、興味深い内容であったので紹介する。
〈英国の大学生は一般的に熱心に勉強する〉
まず英国の大学生がコース科目を熱心に勉強するかどうかについて過半の回答者はそうである(一般的に熱心に勉強する)と答えている(最初の半年と最後の一年は特にそうだ、あるいは学問的に定評のある大学であれば、といった留保付きの回答もあった)。単位さえ取れれば良いという話はジョークに出ることはあっても実際にそうする学生はまずいない、とにかくファースト(最優良の成績)を取るために必死で勉強したとしている。
〈高い授業料は自分で払っており、勉強しなければ意味がない〉
何故熱心に勉強するかという問いへの回答は、年間何千ポンド(私が所属したSOASでは学部で英国・EU生は年間九〇〇〇ポンド(一八二円換算で一六四万円)。EU以外の留学生は一万六〇九〇ポンド(同約二九三万円)もの授業料を払っており一生懸命勉強しないのは経済的には意味がないという答えに集約される。学費の手当てについては、裕福な家では親が出すこともあるが、多くの者は(全額ではない場合もあるが)政府の学費融資やアルバイトなどで自己負担しているとする。驚いたのは回答者の一人はこの秋からmature studentとして大学に戻ることにしたが、学費が高いので自分のマンションを売ったそうだ。大学に戻ったら一分たりとも無駄にせず学びたいと書いていた(そもそも、学生は大学の休業期間が長いことに不満を感じているとする回答者もいた)。なお、回答者の中で一人だけコース内容に関心を持てず熱心に勉強しなかったという人がいたが、その人は学費と住居費は親が出してくれていたと回答している。
なお、話がそれるが、エジンバラ大学に招かれてセミナーを行った際に、学費自己負担の問題に関連して、米国から来ている留学生から日本の大学に対する苦情を言われた。彼は日本に関心があり日本の大学への留学を希望していたが、学費を銀行から借りるためには留学先の大学が米国の教育省(Department of Edu­cation)に登録していなければいけないが、日本の大学で登録しているところが少ないそうで、やむなく学費の安い日本をあきらめ英国に来たと強い不満を述べていた。事実であるとすれば惜しいことである。
〈勉強内容と仕事内容との直接的リンクは少ない〉
話をアンケートに戻すと、自ら大きな経済的な負担を負っても大学に行こうとするのは、そこで得たいものがあるからであろうが、それは何であろうか。一番わかりやすいものは就職につながるということである。しかし、コース科目を熱心に勉強するのは就職に直結する内容だからかという問いに対しては少し意外であったのだが、否定的な答えが多かった。医学部や法学部等一部のコース以外はその内容と就職先との直接的リンクはないと答えている。ただ、前出のマンションを売った女性の場合は、コース(社会科学分野)に係る専門的な理論(決して一般的な知識ではない)とともに実際的な技能を半々で学んだと実益を否定しておらず、しかも最近ではより就職に関連した分野を学ぶ学生が多いとしている。ちなみにBBCのニュースによれば大学進学者四〇万人中最も多い進学先はbusiness studyの五万人弱だそうである。
〈コース内容に関心のある学生が入学する仕組みがある〉
他方、複数の回答者は、就職に直結するとは言えないコース内容を熱心に勉強する理由として、選んだコースに対する知的な関心を挙げた。これについては当初回答者が哲学や英文学という実務とは距離のある分野を専攻したためではないか(一般的な傾向ではないのではないか)と思ったのだが、どうもこの推測は当たっていないようである。欧州に長く住み、お子さんを全て英国の大学に進学させた日本人の友人に聞くと、英国にはコース内容に関心のある学生が入学する仕組みがあるという。つまり英国の大学学部への入学願書は個々の大学に直接出すのではなくUCASといういわば総合願書受付機関に提出する。そこには最大五つの大学まで出願できるが、自分がどれだけ強くその科目を勉強したいと思っているかなど志望動機を記述するパーソナルステートメントは一つであり、従って同じ学部又は関連学部に願書を出すことしか考えられないそうだ。口頭試験でも志望動機と適性が審査されたそうである。こうした仕組みの下では、日本のように特定の大学に入りたいため、関心の有無を問わず受験可能な全ての学部に願書を出すという行動様式は考えられず、その結果として、そもそも教室には授業内容に関心のある学生が座っていることになると言う。教員もそれに応えてか、大半が良く準備された、学生の関心を引く授業をしているとお子さんから聞いているそうである。
〈大学の成績は一生ついて回り、悪い成績は就職に不利〉
このように、アンケートへの回答を見ても、友人の話からも、内容的に仕事との直接的リンクの少ない(直接的実益は少ない)コースを含め、そこで学ぶ学生には知的関心に基づく自律メカニズムが働いているようであり、これは大学本来の理想的なあり方とも言える。ただ、こうしたコース内容への強い関心が大学生活のスタート時点で存在するとしても、学生の学習姿勢を形成しているものは果たしてそれだけなのだろうか(アンケートにも当初の関心が三年間持続するかどうかは別問題との回答がある)、とりわけ仕事や就職とのリンクは本当にないのだろうか。アンケートへの回答を良く見ると、コース内容が直接的に就職にリンクすることはないとしつつも、多くの者はそれなりに尊敬される(“reasonably respected”)政治学や英文学のdegreeを取ったうえで他の分野で就職する、コース・ワークで良い成績を収めることが課題への対処力を示すことになる、雇う側はコース内容よりもコースを通じてどのようなskillを身につけたかを重視するといったことが書かれており、広い意味で大学での勉強と就職とのリンクを否定しない考えがいくつも示されている。その中でも回答者の一人は“power of the “2.1””(アッパー・セカンドの力)を指摘し、“2.2”(ローワー・セカンド)又はサードを取ると、卒業に苦労したあるいは時間を浪費したサインとなり、就職が難しくなると答えている。前述の欧州居住の友人に聞くと、これは事実であって、大学卒業時の成績は一生ついて回る(履歴書にも必ず書く)そうである。確かにWikipe­diaを見ると、英国の現首相は1st class honorで学部を卒業しており、何人かの著名な元首相や現職閣僚はsecond class honor(2-1)だったことが経歴紹介の中に明記されている。そう言えばオックスフォード留学時代に教官たちが若手の研究者について「彼はケンブリッジでダブル・ファーストを取っている」といった話をしていたことを思い出した。やはり大学で熱心に学ぶことには実益(あるいは熱心に学ばないことには不利益)あるのである。
〈大学の規律も非常に強い〉
更にアンケートには、先に②にあげた他律メカニズム(授業内容の習得を強いる仕組み)についても触れられている。それによると、英国の大学の履修プログラム上、一定の授業への参加やその習得度が期末試験やリサーチレポート提出を通じて学期ごとにチェックされるので勉強しなければコースから放り出される(日本でよく見られるように早く単位を取得すれば早く先に進める(あるいは楽になる)というものではない(open universityはそうした単位制を取っているかもしれないが))とのことである。例えば、ケンブリッジ大学の場合、学生の勉強の進度を教授が把握しており、勉強についていけない人はスポーツ活動を止められたり、極端な場合は大学から追い出されかねない(留年はない)ということで皆必死に勉強するとのことである。
この最後の大学における学習への規律付けという点についてもう少し理解するために、所属していたSOAS経済学部の学年末の試験の出題と採点の仕組みについてSOASの同僚に尋ね調べてみた。これは稿を改め、次号で紹介し、その上で英国の状況から日本に何が示唆されるか考えてみたい。

(次号に続く)

(国際社会科学専攻/経済・統計)
 

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