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最終更新日:2017.06.23

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第580号 外部公開

<本の棚> 石原あえか 著 「近代測量史への旅」

松原 宏

測ることにこだわった人たちの物語

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(法政大学出版局、2015年9月刊)
本書は、単純な近代測量史の本ではない。著者が専門とするゲーテとのつながりをもとに、近代測量に関わった多彩な人物が紹介され、読者を当時の測量の現場に誘うような魅力のある本である。しかも、「ゲーテ時代の自然景観図から明治日本の三角測量まで」というサブタイトルから想像されるように、本書で旅する時空間のスケールは、とても大きい。

それはまた、日独両国を中心に、数多くの文書館を訪ね、貴重な文献資料を収集し、再構成した著者の足跡でもある。

本書は、五つの章から成っている。まず第一章では、近代測量の始点ともいえる三角測量に焦点が当てられる。そこでは、地球の本当の形状を確かめるために、18世紀にフランス・アカデミーが派遣したラップランドとアンデスへの二つの探検隊の対比が、また普遍的かつ永久不変の尺度「メートル」を定めるための子午線大計測とフランス革命との関係が、大変興味深い。

第二章は、ゲーテの『ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代』に登場する「天文学者」のモデルとされるゴータ天文台長ツァッハを中心に話が進められる。当時のヨーロッパの天文学者たちの交流には、インターネットが普及した現代にはない、質感のある知識フローが感じられる。また、ゲーテの後期作品『親和力』に登場する測量専門家の「大尉」、その「自然と理性的に対峙し、明確な目的をもって世界を把握する」人物像と実在モデル・ミュフリング大尉とを交錯させて、プロイセンドイツの測量史が印象深く描かれている。
第三章は、ヴァイマルに舞台が移され、ゲーテ本人と測量との関係が中心に描かれる。ゲーテの提案に基づいて彩色されたドイツ最初の地質図、ゲーテの地図コレクションなど、興味がつきないが、とりわけわが人文地理学教室にとっては、フンボルトとゲーテとのやりとりは、極めつきといえる。フンボルトがゲーテに捧げた『植物地理学試論』(1807年)の刊行に際し、付録の熱帯諸国の自然景観図の発送が遅れ、待ちきれないゲーテが、本文に即して図版を自作したが、それがフンボルトの図版と大きく違っていたのである。「ゲーテの構図では絵画的要素が前面に出ていたが、フンボルトの図譜では、絵画よりもむしろ文字やデータが優勢になっている」との著者の指摘は、文学と自然科学との関係を考える上で示唆的といえる。

第四章では、日本に舞台が移り、江戸城紅葉山文庫の『伊能図』と最上徳内、間宮林蔵、高橋景保とシーボルトとの関係など、一九世紀の日欧の自然科学における相互関係が探られている。なかでも、世界周航を行ったロシア提督クルーゼンシュテルンが、ゲーテの主君カール・アウグスト大公に献呈した「日本地図」の話、その地図の石見地方に前述のツァッハの名を冠した山が描かれているとの指摘は驚きである。

続く第五章では、明治以降のフランス式からドイツ式への地形図作成の変遷、日本アルプスでの測量調査など、陸軍との関係に着目しながら、近代日本の三角測量史が述べられている。そこでは、フランス式からドイツ式地図への移行に関わって、旧幕臣出身の文官とプロイセン式測量技術を学んだ武官との対立を背景とした「地図密売事件」の紹介とともに、プロイセン式三角測量を現地ドイツで学び、日本で普及させた陸軍大尉田坂虎之助の足跡が詳しく記されており、貴重である。

以上、著者の関心は実に幅広く、世界地図上ではラップランドからアンデス、カナリア諸島、ドイツ国内ではゴータ、ヴァイマル、イェーナ、フライベルクなど、地理的想像力が求められ、またドイツ近代史、文学史などの知識も必要で、ついていくのが大変な旅でもある。もっとも本書には、口絵にどれも印象的な図版が、本文にも貴重な地図や原画が掲載されており、それらを見ているだけでも楽しい。また、本文で登場するたくさんの人物の肖像画も示されている。自然科学者、とりわけ測ることに執念をかけた人物たちの形相は、とても個性的で、駒場の先生方にも似たような人がいるような気がする。その点でも一読の価値がある書といえよう。

(広域システム科学系/人文地理学)


 

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