HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報580号(2016年1月 6日)

教養学部報

第580号 外部公開

<駒場をあとに> 駒場はなかなか良いところでした

石浦章一

580-3-1.jpg私は基礎科学科の出身で、卒業後、一度外に出てから、平成10年に戻ってきた。やはり何が楽しかったかと聞かれると、学生さんたちと過ごした最後の駒場時代の18年間が一番印象深い。

まず一番力を入れたのが、当時、できたての生命・認知科学科での教育・研究であった。心理学と生物学の融合という旗印で作られたわが国最初の学科ではあったが、残念ながら文理の教育の壁は厚く、真の融合には至らなかったことに悔いが残る。私自身は、ヒトのこころ、性格、行動、精神疾患を分子生物学的に解明する教室を立ち上げ、理系だけでなく文系から理転した何人かの博士の方々と一緒に多少なりとも難病の解明に力を尽くすことができたのではないか、と総括している。この学科は、現在、統合自然科学科として発展解消したが、新学科の門出の二年目に学科長を拝命し、駒場発の新しい分野の創出に後輩の方々が挑む姿を見ることができて、大変嬉しく思っている。

法人化の時には、総長補佐をお引き受けしたが、この一年は激動の一年であった。しかし忙しいとき(副研究科長の二年間もそうだったが、教授が研究室にいないとき)に、結果的に良い論文がたくさん出たことも思い出深い。役職をいやいやお引き受けになる方もいらっしゃるかもしないが、結構その方が元気が出ることもあるので、楽しんでいただいた方がいい、というのが私からの遺言である。

「学生による授業評価」の最初の委員長を引き受け、その結果を「東大教授の通信簿」として発表したことも印象に残る出来事であった。今でも、授業評価のデータを全部公表すべきだと思っているが、当時、あまり授業に熱心ではない教員や、失礼ながら私よりも研究実績のない教員からだけ文句が出たのが印象深かった。文句を言うくらいならもっとしっかり教育・研究をやるべきではないか。今回の教育改革に反対したのも、そのような人たちが多かったことは興味深い。

皆に面倒だと嫌がられていた高校金曜講座を松田良一先生と二人で「そうじゃありません。東京大学が行うべき社会貢献です。」と説得して歩いたこともあった。このようなことを行う余裕もない人間は、研究もできないに決まっている。そうそう、黒田玲子先生がいろいろな方向に走って行かれるのを後ろで紐を引いて、「まあまあ、少し待って」と科学技術インタープリター養成講座を運営したこともあったな、と懐かしく思い出される。これは黒田先生と松井孝典先生がお二人の政治力で作ったものだが、そのあと加わっていただいた先生方のご努力のおかげで、総合文化研究科の大きな目玉に成長したことは大変嬉しい出来事であった。また私は、生命科学構造化センター長というのもやらせていただき、大学の生命科学の教科書・実習書の編纂や英語化など、我が国の大学教育に貢献できたことも思い出深い。また辞める数年前からリーディング大学院に関わらせていただいたが、これも楽しい経験だった。文系の院生たちに実験を教えたり、学生を引率してバリバリの研究者の実験室を訪ねて議論することは、フェードアウトしつつある私の心に科学者スピリットを注いでもらうことになった。

もう一つ最後まで気になったのが、全学の中の駒場の立ち位置である。同僚の方々の努力のおかげで昔ほどではなくなったが、やはり前期課程教育担当という時間的足枷がある中での皆さんの奮闘ぶりには頭が下がる思いであった。最初は、文系教員の方々は学校に毎日いないのではないかと思ったが、いや、授業数や会議の数は理系を上回る方もおり、車の両輪とは良く言ったものだというのが感想である。本郷の方々は、あれだけ授業義務から解放されているのだから、もっと研究実績があってもいいのではないか。
総合文化研究科が一段と飛躍するためには、特徴ある学問の創生を皆で行うことである。いくつか細かい大学院があって、そもそも受験者もいないところや、同じような看板を出しているところなど、すべて整理して、大きく一つか二つの大学院に統一できなければもう未来はないだろう。なぜできないかというと、小さな大学院の設立に努力した一部の人たちが既得権(あるとすれば)に固執して、未来が見えていないということであろう。駒場は、部会組織というムラがあり、人事もムラ単位で行っていることが多く、そうなると境界分野の優秀な人材が取れなくなるという悪循環が続いている。せっかく良い人材が来ても居場所がなく、すぐに転出、という事態が続くのはよくないしるしである。この状態をどう改善したらいいか、新しい学をどう作り上げるか、議論する時期に来ているのではないだろうか。

年よりは何を言ってもいいという時代は過ぎてしまい、なるべく皆さんの邪魔にならないように、と過ごしている。昔は良かった、という文章だけは書きたくないと思っていたが、何かつまらない独り言になってしまった。申し訳ありません。皆さん、身体にだけは気をつけて頑張って下さい。最初から二人三脚で走ってきた渡邊雄一郎先生、広域科学専攻の同僚の皆さん、文系の先生方、そして関谷孝事務部長をはじめとする事務の皆さん、こんな私に長い間お付き合いいただき、どうもありがとうございました。

(生命環境科学系/生物)

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