HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報591号

最終更新日:2018.07.09

教養学部報

第591号 外部公開

『数学の現在』i・π・e(全三冊)

斎藤 毅

大学では化学は物理になり、物理は数学になり、そして数学は哲学になると言われることがあるそうです。講義からうける印象をすなおに表したらそうなったのでしょう。化学の現象を理解するには、その背後にある物理を知らなくてはならず、物理を記述するには数学のことばが必要になるといったところでしょうか。

数学については、それを支える論理や抽象的な基礎から学ばなくてはいけないということを指しているのでしょう。確かにそれはだいじな側面ではありますが、数学そのものがどこにあるのかまでは見えてきませんね。

では数学とは何をすることなのでしょう。それを駒場の数学の教員ひとりひとりに書いてもらったのが、『数学の現在』のi・π・eの三冊です。

i・π・eという記号は、それぞれ複素数・円周率・指数関数だから、代数・幾何・解析っぽいということを表したものです。といっても、数学の分野をそのようにわけるのは便宜的なものでしかありません。1・2・3としないことで、どの順に読んでも構わないということも表したつもりです。

イタトマの南側、矢内原公園の木々の向こうにあるのが数理科学研究科棟です。理学部数学科に進学すると、本郷に行くのではなく、この数理棟に通うことになります。数学の教員は、ここで研究や専門の講義とセミナーをしています。

その数学科の必修科目に、各教員がそれぞれの専門分野を一時間ずつ紹介するというものがあります。『数学の現在』はこの実際の講義をもとに書かれたものです、それぞれの分野で、どのような対象を扱うのか、何が問題となっているのか、そしてなぜそれに興味をひかれるのかを伝えるのが、この講義の目標です。

数学科の必修科目とすると、一・二年生には難しいのだろうと思うでしょうか? 確かにページを開くと知らないことばが次々とでてくるでしょう。数学科で基礎からコツコツ勉強したあとでなければ無理と思うかもしれません。でも、そういう努力をするまえに、現在の数学では何をしているのか、できるだけ多くのひとに知ってもらいたいというのも、『数学の現在』の目的の一つです。

一年生向けの講義で扱う微積分や線形代数ぐらいまでなら、どんなものか感じがわかるひとは多いでしょう。でもその先の数学となるとどうなのでしょうか。高校や一年生の必修の数学のほとんどの部分は一九世紀までに完成したものです。一九世紀以降、数学者は抽象的な基礎の上に数学独自の固有の世界を発見しました。その一方で、抽象的な数学を現実世界の理解にも応用してきました。せっかくの機会なので、それがどんなものなのかいくつか簡単に紹介しましょう。

三角形や円などの図形の性質を高校までに学びます。一九世紀にガウスやリーマンといった数学者は、それらを含む空間には多様なものがあり、そしてそれこそが幾何学の研究対象であることを発見しました。物理的な宇宙という現実の空間から解放され、多彩な未知の世界の広がりを視野にとらえたのです。

現実の空間から自由に空間を設定しそれを研究するという発想を厳密に基礎づけるためにも、数学の抽象的な方向への発展は必然といえるものでした。こういうと、物理とは無関係に発展したように聞こえるかもしれませんが、アインシュタインの一般相対性理論や、現代の超弦理論とよばれる素粒子の理論を支えているのはこのような数学です。

はじめに書いた、数学は哲学にという印象のもとにあるのが、実数の連続性や完備性といった内容でしょう。数学者は数の世界を広げることで、数に対する理解を深めてきました。一九世紀にこうした実数の性質が明らかになるとその直後に、実数や複素数とは全く別の数の世界の広がりが発見されました。

1とそれ自身以外ではわりきれない数を素数ということ、そして素数は2、3、5、7、……と無限に続くことは聞いたことがあると思います。その一つ一つの素数pごとに、p進数とよばれる実数とは違った数の世界があるのです。

三五〇年もの間、未解決問題として数学者の挑戦を退けてきたフェルマーの最終定理が、一九九四年に解決されたことを聞いたことはあるでしょうか。p進数の世界の発見はこの解決にむけての大きな一歩でもありました。

図形と数という純粋数学の基本的な対象について抽象的な進展を一つずつ紹介しましたが、応用数学の話題も一つあげましょう。現代の確率論は面積や積分の理論を基礎にしています。そこで発見された確率微分方程式は、デリバティブとよばれる金融市場の先物取引を支える理論の基礎になっているそうです。

『数学の現在』では、こうした話題に限らず、数学のいろいろな分野が紹介されています。さらに深く読み進めれば、それらはバラバラにあるのではなく、有機的に絡みあっていることまで見えてくるでしょう。

数学科進学を考えている人にも、数学なんて嫌いだと思っている人にも、教員が何を研究しているかがわかると、数学の講義がもっとおもしろく感じられるかもしれません。巻末の「よこがお」からのぞく教員の個性は、数学者のステレオタイプを強めるものでしょうか、それとも崩してくれるでしょうか。

(数理科学研究科)

591-02-1e.jpg 591-02-1i.jpg 591-02-1p.jpg

第591号一覧へ戻る  教養学部報TOPへ戻る

無断での転載、転用、複写を禁じます。

教養学部報