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最終更新日:2017.08.03

教養学部報

第594号 外部公開

アンドロイドのAlter

池上高志

昨年の八月に日本未来館で、アンドロイド“Alter”を制作発表しました。アンドロイドを作って有名な大阪大学の石黒浩さんとの共同作業です。石黒アンドロイドの強力なハードウェアに、自律性をベースとする人工生命のソフトウェアを組み込んで、生命性をベースとしたアンドロイドを制作したということです。このプロジェクトと平行して石黒さんと本を書きましたが、それが講談社から昨年十二月に出版された「人間と機械のあいだ:こころはどこにあるのか」です。そこにはアンドロイド問題だけではなく、生成される生命性と人間性の話が議論されています。そこにつけたあとがきからの抜粋:
健康を害したために、人工呼吸器をつけ、胃瘻をし、それでも必死に命を繋いでいる人は沢山いる。いつかは心臓が止まり、呼吸が止まり、脳が動かなくなった時、生命も意識も一挙に消えてなくなってしまうのだろうか。かつてアーティストの荒川修作は、そんなことはないと言った。生命も意識も周りに偏在し、死ぬことはない。死ぬのは法律違反だと。

その彼の強い言葉は今でも僕の心の中に生きている。生身の生命だけが生命だ。DNAを持っていなきゃ生命じゃない。意識は脳の電気振動パターンにすぎない。そうした偏狭な考えは捨ててしまおう。不可視の生命を追いかけよう。現実の生命を包む、もっと大きな生命の枠組みを考えよう。意識が憑依するとんでもない機械もあるはずだ。それらは自分の研究人生の通奏低音である。

僕のいる人工生命という研究分野では、既存のどんな生き物にも似ていない、可能性としての生命を追いかけてきた。生命は抽象的で数学的な代物であり、見かけではない。電気回路、ロボット、化学反応、コンピュータのプログラム、どこにでも生命が創発する余地があってもいいじゃないか。それが人工生命の研究である。しかし僕も弱気になる時もある。一体いつ人工生命は生まれるのか? 今後できる可能性はあるのか。そんな閉塞感を抱えていた時に、大阪大学の石黒さんと一緒に仕事する機会が巡ってきた!
石黒さんのアプローチは人工生命のアプローチの真逆である。人とそっくりのアンドロイドを作って人間性に迫る。人は抽象的なものじゃなくて、徹底的に具体的なものなんだよ、と石黒さんのアンドロイドが僕に訴える。アンドロイドを見た時にドキッとして心が引っ張られ、原理よりも何よりも、アンドロイドのそこにいる感じにやられちゃう。そこに生命のプレゼンスがある。やっぱり生命性とは見る側の心の問題なのか。それとも生命の元となる「まだ見ぬ原理」がどこかで見つけられるのを待っているのだろうか。今こそ実験して決着をつけるときだ。

これは、そんな僕の抽象的でボトムアップ的なアプローチと、石黒さんの具体的でトップダウン的なアプローチ、の正面衝突から生まれた新しいアンドロイドの話である。いや、すんでのところで衝突をかわしてオルターという新しいアンドロイドという形に結実したというべきか。八月の未来館に展示されたオルターは、弥勒半跏思惟像の笑みを浮かべながら、体を揺すり手を動かし続ける。五つのセンサーが明滅し、そのセンサー情報をもとに内部ではミクロな学習が進行する。オルターの学習方法は神経細胞が自然と持つ「刺激を避けるメカニズム」で、それが常に働いている(テクニカルなことは、この論文をみてください。Sinapayen L, Masumori A, Ikegami T: Learning by stimulation avoidance: A principle to control spiking neural networks dynamics. PLoS ONE 12 (2): e0170388, 2017)。こうして七月末、オルターは地上に降り立った。

このオルターを見に、毎日実にたくさんの人がおとずれてきてくれた。オルターを子供たちが真剣な顔で覗き込み、話しかけているのを見たとき、僕にもオルターは人間性を宿しているのか、と思えてきた。人らしさとは、人と接することでアンドロイドが獲得するものだ。笑顔が人に伝染するように、人らしい感じも伝染する。染み出す心(leaky mind)は伝染する。それは、あながちおかしな考えでもなさそうだ。だとすると伝染する仕掛けを作り出しているのは、インストールした人工生命であったのか。この辺を次の人工生命のチャレンジとしていこう。

(抜粋終わり)
実際にアンドロイドを一般公開してみると、大人と子供のAlterとの触れ合いかたに気が付かされます。大人は「アンドロイド」についての偏見を持って見に来るので、どういうメカニズムで動いているのか、とか、人らしいことをするのか、とかそういうことを思ってしまう。しかし子供は触れ合うのが先です。最初から偏見なく人として、生きものとしてとにかく相互作用しようとします。触れ合ってわかろうとする第二のチューリング・テスト。そこには生命とは何か? の頭でっかちな偏見はないのです。脳は真空中の抽象的な網状構造体の問題ではない。そうした裸の王様的な根本問題をAlterはつきつけます。今度、Alterは六月二十二日から日本未来館で常設されることになりました。機会がありましたらぜひ一度訪れてみてください。

(広域システム科学/物理)

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