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最終更新日:2017.10.25

教養学部報

第595号 外部公開

第25回 身体運動科学シンポジウム報告

木下まどか

六月三日、駒場Ⅰキャンパス21KOMCEE Westレクチャーホールにて身体運動科学研究室主催、スポーツ先端科学研究拠点共催のもと、第二十五回身体運動科学シンポジウムが開催された。タイトルは、「若手研究者による身体運動科学研究、現在から未来」であった。まずは、身体運動科学研究室の主任である福井尚志教授より挨拶をいただき、続いてスポーツ先端科学研究拠点について事務局長の吉岡伸輔准教授より紹介をいただいた。その後、新進気鋭の若手研究者である身体運動科学研究室の助教五名に自身の研究テーマについて話題を提供していただいた。それぞれの発表内容を、簡単にではあるが紹介したい。

井尻哲也助教による「アスリートの心理状態を捉える─ウェアラブルセンサを活用した非侵襲無拘束計測とその応用」に関する発表では、近年の科学技術の発展により、様々なスポーツ場面において、アスリートの動きなど外部から観察できる情報だけでなく、生体内部に関する情報を非侵襲かつ非拘束で計測できるようになったことが報告された。その一例として、ウェアラブル生体電極を用いて計測した運動中の心拍数変動を心理的な影響と運動による影響を分離し、心理的な「緊張状態」を抽出する分析手法が紹介された。今後、このようなデータが大量に計測されていくことが予想されるが、そのデータから意味のある情報を抽出し、最終的にはアスリートに有益な状態でフィードバックしていくことが重要であると締めくくられた。

田辺弘子助教による「身体運動における姿勢の安定化と動きの良さの評価」に関する発表では、人間の最も基本的な運動制御である立位制御について、身体動揺の特徴(高齢者やダンサーの立位中の身体動揺など)・筋活動と身体動揺の関係性(直接的関係性の検討を可能にした表面筋電図解析手法)・中枢神経系の制御ストラテジー(間欠制御則の妥当性)の観点から包括的な概説が行われた。さらに動きの良さの評価に関する最近の知見として、「魅力的なダンス動作」という抽象的な良さをどのように分析するのかについての先行研究、また「角運動量変遷に着目した自然な起立動作」という動きの良さの言語化に関わる最新の知見が紹介された。

小川哲也助教による「ヒトのロコモーションに内在する神経機構の課題特異性─行動科学的側面からの考察─」に関する発表では、ヒトのロコモーション(移動運動)として歩行と走行が例に挙げられ、運動学習とその運動学習効果の転移について報告された。歩行と走行は一見すると同じように見える運動ではあるが、運動学習効果を共有しにくいことから個別の神経機構が内在し得る可能性が紹介された。今後、ヒトのロコモーションにおける様々な課題条件について学習効果の共有の有無をさらに掘り下げるとともに、各々を分類する決定要因を検討することでスポーツやリハビリテーションにおけるトレーニング戦略の構築に応用が期待できることが示された。

藤木聡一朗助教による「適応的な歩行に潜む制御メカニズムの本質的理解─数理モデルによる理論化に向けて─」に関する発表では、中枢パターン生成器と呼ばれる歩行運動を生み出す神経機構が存在することは生理学的に示されているが、その構造や機能については未だ不明な点が多いため、生理学的データに基づいて神経系の数理モデルを構築し、モデル上での活動再現実験や機能脱落実験などを通して構造や機能に迫ろうとしていることが報告された。特に、身体の代わりとしてロボットを用いることでモデル化された神経系の機能について実験的検証が可能となる。歩行の適応機能を検証する事例として、左右二つのベルトが別々の速度で動くことで左右非対称な歩行環境を作り出すSplit-belt treadmill上での歩行を課題とした研究について紹介された。通常運動は時空間パターンが複雑に変化するので運動解析からでは時間および空間パターンそれぞれの制御戦略を明確にすることは難しいが、数理モデルでは制御について任意に制約を課すことが可能であり、上述の歩行課題に関するロボット実験から時間的パターンを制御することこそが重要であることを示した。今後、数理的な理論化を基盤とすることで、複雑な生体システムの理解についての発展に期待がもたれると締めくくられた。

高橋祐美子助教による「運動後の骨格筋グリコーゲン回復を促進させる栄養素とは?」に関する発表では、今日、多くの研究者・競技者に運動時の骨格筋グリコーゲンの重要性が認識されているが、なぜ骨格筋グリコーゲンが重要性であるかという根拠が示され、運動後の骨格筋グリコーゲン回復を促進させる上で最も重要となる糖質の摂取量や糖質と一緒に摂ることが推奨される栄養素が報告された。特に、糖質と共に摂るとよいと考えられる栄養素に関して、インスリン分泌促進と糖質のエネルギー利用の抑制に焦点を当て、知見が紹介された。

また、質疑応答時間には、フロアからさまざまな質問やコメントが寄せられ、身体運動科学研究の現在と未来について活発な議論が交わされた。

本シンポジウムを通して、私自身も身体運動科学研究の奥深さと面白さを再認識し、若手研究者の一人としてヒトの運動メカニズムの解明に寄与したいと強く感じた。

最後に、ご協力いただいた教職員、学生の方々、ご参加いただいた皆様に感謝申し上げたい。

(生命環境科学/身体)

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