HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報595号(2017年10月 2日)

教養学部報

第595号 外部公開

韓国大統領選挙と朝鮮半島情勢

木宮正史

二〇一七年は韓国政治史上、特筆されるべき年であった。朴槿恵大統領が友人崔順実の「国政壟断」事件に起因して、国会の弾劾訴追を経て憲法裁判所によって罷免されるという、憲政史上初めての事態が生じたからである。革命やクーデタなどの政治変動は経験したが、憲法の手続きに則って現職大統領が罷免されたのは初めてのケースである。その二ヶ月後の五月九日に大統領選挙が行われた結果、リベラル(韓国では「進歩」と表現され、日本ではそれを「革新」と「翻訳」することが多いが、「リベラル」と呼称するのが妥当だと考える)の文在寅政権が成立し、保守からリベラルへの与野党政権交代が実現した。

今回の大統領選挙は、何よりも、こうした政治的混乱を招いた朴槿恵政権とその与党の責任を問うものであり、野党「共に民主党」が勝利したのは当然の成り行きであった。ただ、この政治的混乱の渦中、北朝鮮の金正恩政権がミサイル発射を繰り返し、それに対してアメリカのトランプ政権が「軍事的オプションの行使も辞さず」と強硬姿勢を示すことで朝鮮半島をめぐる軍事的緊張が一挙に高まった。日本の一部では、文在寅候補に対して「反米・反日・親北朝鮮だ」と警戒する批判的評価が先行したために、危機が高まっているのに韓国はなぜ北朝鮮に宥和的な左派「親北朝鮮」政権を成立させるのか、その結果、日本の安全保障が危機に晒されることになるのではないかと危惧された。

保守とリベラルとの間には対北朝鮮政策をめぐる対立が確かに存在する。北朝鮮は依然として共産化統一を放棄していないし、相当の軍事的脅威が存在するので、それへの警戒を怠るべきではなく、韓国の譲歩に応じた応分の譲歩を北朝鮮にも求め、それに応じない場合には交渉には一切応えないという相互主義を断固として貫くべきだと、保守は考える。それに対して、南北の国力格差は歴然としており、韓国はそうした優位な立場から寛容な姿勢を示すことで北朝鮮を韓国主導の南北の交渉枠組みに取り込み、北朝鮮に対する存在感を高めることで影響力の増大を図るべきだと、リベラルは考える。そうだとすると、リベラルの対北朝鮮政策を「親北朝鮮」だと断定することにどれほどの妥当さがあるというのか。

実際に、文在寅政権は、北朝鮮の核ミサイル開発に伴う軍事的挑発が高まる状況では、堅固な米韓同盟に基づき北朝鮮の挑発を抑制する国際的な制裁圧力に同調する姿勢を示す。そして米中に働きかけて、北朝鮮を核ミサイル開発の凍結、そして非核化に向かわせるために有効な圧力と誘因の供与の組み合わせを選択するように働きかける。具体的に中国にはさらに効果的な圧力行使を、そしてアメリカには北朝鮮の核ミサイル開発の凍結や非核化に応じた平和協定や国交正常化のための交渉開始姿勢の明示を求めることになる。そのうえで、緊張状況を解消し本来のリベラルな政策を実行に移したいと考えている。

北朝鮮はアメリカ本土を射程に入れた核搭載可能なミサイル開発に邁進し、それこそが北朝鮮の生存を保障するものだと信じ込んでいるために、非核化はもちろん凍結さえもなかなか受け入れないだろう。アメリカは、そうした北朝鮮の挑発に対して北朝鮮の求める米朝交渉という報償を与えることに対する拒否感が強く、本格的な米朝対話に踏み出し難い。韓国が焦って北朝鮮と安易に妥協して交渉に踏み出すことになると、アメリカからは対北朝鮮包囲網に韓国が穴を開けるという批判を招き、肝腎の米韓同盟にひびが入ることになってしまう。同盟国の協力を得られない韓国単独の対北朝鮮政策には、今度は北朝鮮が真摯に応えることはないであろう。ちょうど、政権末期の二〇〇七年一〇月盧武鉉政権が行った第二次南北首脳会談が何の成果も生まなかったのと同様な状況である。中国は北朝鮮をどのように扱うのが自国にとって望ましいのか依然として様子見の状況である。

このように、文在寅政権は、いかにして北朝鮮の挑発を抑制して韓国主導の統一という方向に東アジアの国際環境を変えさせるのか、大変困難な舵取りを求められる。国際的な圧力行使に同調しつつも、それに甘んじるだけでは韓国が埋没するだけであり、韓国が自ら主導の統一への道を切り開くための独自の外交が求められるからである。韓国外交が、米中を説得、さらに北朝鮮を説得し、そうした状況を作り出すのが望ましいわけだが、残念ながら現状では韓国外交にそうした力はない。しかし、そうした限界は外交によって切り開くしかない。そして、そこに日本がどのように関わるのか。確かに日韓の間には慰安婦問題などの歴史問題をはじめとして葛藤要因が山積みしている。しかし、北朝鮮の軍事的脅威をどのように認識するのか、そしてそれを可能な限り平和的に除去するにはどうしたらよいのか、日韓の利害は非常に似通う。その意味でも日韓協力の重要性は強調されなければならない。

(地域文化研究/法・政治)

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