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最終更新日:2017.10.25

教養学部報

第595号 外部公開

マクロン大統領とフランス社会の内なる外部

増田一夫

極右の大統領が生まれるのか? 少なからぬ有権者がそれを恐れていた。だが、五月七日、国民戦線ルペン候補との決選投票を制したのは、エマニュエル・マクロン候補だった。三年前は無名、一年前までは自分を支持する政治組織なし、一度も議員経験のない大統領の誕生である。
だが、当選しても政策実現のための勢力を擁することができるのか? 六月の国民議会選挙は、その懸念も吹き飛ばした。五七七議席のうち三五〇議席を占め、大統領派は絶対過半数を手中に収めた。

六月二三日に駒場で「フランス伝統諸政党の凋落とマクロン大統領の就任」という講演会(*)があった。講師のエルヴェ・ル・ブラーズ教授(フランス国立社会科学高等研究院・写真)は、投票行動がどう変化したかを、綿密な統計に基づく地図によってふり返った。政界再編成の震源は、第三勢力となった国民戦線だった。左右両派は対抗措置として予備選挙を導入するが、有権者はそれぞれの本命を落選させるという形で不信感を示した。左右の急進派が支持を増やす一方で、左右穏健派の地盤沈下は明らかだった。だが、社会主義的左派/資本主義的右派が相対化され、開放/閉鎖、グローバル化(親欧州連合)/ナショナリズム(主権主義)が新たな対立軸となるなかで、中道への需要が消えたのではない。適切な受け皿がなかっただけである。そこに、絶妙のタイミングと主張で登場したのがマクロン氏という新顔だったという。

開放/閉鎖は、英国の欧州離脱派の勝利、アメリカのトランプ大統領の勝利でも重要な対立軸だった。同様の波乱が他国にも波及することが懸念されたが、両国における混乱が知られるにつれ、西ヨーロッパにおける反欧州連合、移民排斥の主張は鎮静化に向かった。フランスでも、予想とは裏腹に、極右・国民戦線は八議席を獲得するにとどまり、内部に深刻な路線対立を抱えて弱体化している。

排外的ポピュリズムの蔓延と選挙前の重苦しさは何だったのか? フランス流統合モデルの限界が指摘され、移民が「問題」としてのみ語られるようになって久しい。とりわけ二〇一五年以降繰り返された襲撃事件と、「戦争状態」の言説のなかで、イスラーム系マイノリティを排斥する風潮が広がった。大統領選に向けても、硬直した共和主義と非寛容な政教分離を多くの候補が主張した。国民戦線ではなく他の右派候補が勝利しても移民系やマイノリティに対する締め付けは強化されただろう。長年フランスで「移民」として暮らした筆者にとっても、選挙の行方は大いに気がかりだった。

この観点からは、マクロン氏の当選は安堵すべき出来事である。イスラームを主要争点とはせず、セネガル生まれで、フランス国籍を取得したばかりの女性を広報責任者に登用してみせる姿勢に、マイノリティの一部からも、期待の声が聞かれる。

フランス政治は新時代を迎えるのか? 五七七名中、現職議員四三四名が落選、史上最高の三八・八%の女性議員、男女同数(パリテ)を実現した内閣、市民社会からの多くの閣僚。そこに一定の変化が見られるのは間違いない。

唯一の親欧州連合候補の勝利は、ドイツのメルケル首相も歓迎する結果だっただろう。新大統領は、さっそくプーチン、トランプ両大統領をパリに招き、存在感を示そうとした。数多くのヨーロッパ首脳との会談も手がけている。一部で「すべてに成功する男」と称される人物に、弱点はないのだろうか?

実は、明るい要素ばかりではない。大統領選での棄権率は二五・四四%と記録的だった。約一二%の白票、無効票もある。国民議会選挙(第二回投票)の棄権率は五七・三六%。第五共和制下では最高だ。政治不信ゆえに誕生した大統領も、信頼回復を遂げてはいない。当選時六二%だった支持率は、基本的に下降線をたどり、就任一〇〇日にして三六%に落ちている。最も不人気と言われた前任者の同時期よりも一〇ポイント低い。

九月は、新政権の真のスタートとなる。予算編成、財政赤字からの脱却、失業率の削減。特に、いくつもの政権が強力な抵抗に遭遇した、労働市場の規制緩和は試金石となる。強い支持を背景に迅速な打開を意図した新政権に、もはや追い風はない。苦境に立たされて、移民、マイノリティを社会の「内なる外部」へと排斥する誘惑に駆られることはないのか? 真価が問われるのは、これからである。
(*主催、科学研究費補助金「トランスナショナルな紐帯を保持する移民のホスト社会への編入」、代表者・高橋均教授)

(地域文化研究/フランス語・イタリア語)

 

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