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最終更新日:2017.10.25

教養学部報

第595号 外部公開

<本の棚>菅原克也 著 「小説のしくみ ─近代文学の「語り」と物語分析─」

エリス俊子

文学の理論研究がはなやかな展開をみせる一方で、これと実際のテクストの読みとを結びつけて論じたものは意外に少ない。本書は、「語り」とは何か、小説とはどのような「しくみ」のもとに成立しているのかという問いに答えるために、関連する理論を紹介し、その応用の仕方について、実に丁寧に、逐一例をあげながら説明する。例に引かれるのは主として日本語で書かれた近代の小説である。引用部分が比較的長く、その小説の読みどころとでも言いたいところを読ませる仕掛けになっているので、本書を手にしたあと、改めて全編が読みたくなる。小説の世界への誘いの書でもある。

本書は、小説の語りをめぐる基本的な理論を順序立てて紹介する。G・ジュネットの理論を軸に据え、これを批判的に論じたM・バルの理論をも引きながら、「物語内容」「物語言説」「物語行為」という三つの相に着目して小説のテクストの「語り」の構成を詳らかにし、この三つの相に着目したときに「テクストが纏うかたち」が徐々に浮き彫りにされていくことを鮮やかに示す。著者の言葉を使えば、「物語内容」とは「物語世界に生起する一連の出来事として想像される物語の内容」であり、「物語言説」とは「言葉により表現され構成された物語そのもの」であり、「物語行為」とは「物語を語り手として読者に伝える行為、および物語が伝えられる場を読者に意識させる語り」ということになる。小説のテクストをこの三つの相から照らし出したときに何が見えてくるか。

導入として、第一章ではかなりの紙幅を割いて、太宰治の「浦島さん」の読みが披露される。なじみのある浦島太郎の物語を、太宰が「おのづから別個の物語」に仕立てていく、その仕掛けを明らかにすることがこの章の狙いである。「浦島さん」において、読者を前に語りを演じてみせる語り手の個性的な声に着目し、その物語行為の特徴に光を当てる。つづいて、この短編の物語内容と物語言説の相をめぐって詳細な分析が行われる。独特な人物造形、太宰が編み出した結末などをめぐる物語内容の解析と、それを巧みに成り立たせている物語言説の構造が解き明かされる。これ自体が見事な「浦島さん」論である。

第二章「語り手と語りの場」では、芥川龍之介「芋粥」「歯車」、泉鏡花『高野聖』、永井荷風『あめりか物語』『濹東綺譚』、森鷗外『諸国物語』が取り上げられ、語り手の位置や語りの階位についての論が展開される。第三章「語りの視点」では、物語論の中核を成す焦点化の問題について、芥川の「藪の中」「偸盗」を中心にジュネットとバルの理論が丁寧に紹介される。テクスト分析としては、この章の「藪の中」と黒澤明の映画『羅生門』との比較は圧巻である。つづけて第四章「テクストの声」では、「叙述、言い換え、再現」をめぐって、夏目漱石『三四郎』、太宰治『人間失格』、森鷗外「山椒大夫」が引かれ、第五章「語りと時間」では、「順序、持続、頻度」の観点から森鷗外「ぢいさんばあさん」「舞姫」、宮沢賢治「グスコー(ン)ブドリの伝記」、上田秋成『雨月物語』、志賀直哉『暗夜行路』、三島由紀夫『鏡子の家』等が分析の爼上にのる。加えて、『マノン・レスコー』、『アッシャー家の崩壊』、『アラビアン・ナイト』、『感情教育』等等、古今東西の海外の作品への言及もある。あえて作品名を挙げ連ねたのは、本書の射程の広さを知ってもらいたいからだ。

興味深い指摘も多々ある。「テクストの声」の分析において、日本語における直接話法と間接話法の境界が曖昧であり、それが日本語独自の語りの相をつくっていることなど、言語の根幹にかかわる示唆に富む考察である。一貫して、本書の著者は禁欲的であり、その語りの声は中立的で抑制が効いている。理論の枠組みを提示して淡々と解析を重ねる手つきは冷徹だが、その背後に文学への熱い想いがあることは、テクストの読みに向けられた神経の細やかさ、テクストの魅力を読者に伝えるために費やされる言葉の数々から明らかだ。分析の緻密さそのものが誠意の現れである。文学研究になじみのない人にはとっつきにくいかもしれないが、これを読んだあとで小説を読むと、文学テクストが立体的に見える。新しい読みの体験へ、本書を薦めたい。

(言語情報科学/英語)
 

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