HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報600号(2018年5月 8日)

教養学部報

第600号 外部公開

〈後期課程案内〉文学部

副研究科長 大西克也

「文」の広がり、「文」の繋がり

http://www.l.u-tokyo.ac.jp/

「文学部」は、東大にある十学部の中で、最も誤解を招きやすい名称ではないでしょうか。「法学部」で「法学」を学び、「医学部」で「医学」を学ぶのとは異なり、「文学部」は常識的な意味での「文学」のみを学ぶ学部ではないからです。明治十年(一八七七年)、文学部は東京大学の設置と同時に、法・理・文・医の最も古い四つの学部の一つとして誕生します。しかし当時の日本語の中には、今日的な意味で言語芸術に特化した「文学」という語はありませんでした。ではなぜ私たちの学部は明治の初期に「文学部」と名付けられたのでしょうか。

明治二十三年(一八九〇年)に出版された高津鍬三郎・三上参次著『日本文学史』の中に、次のような一節があります。「法律学、政治学、理財学、歴史学、道義学、審美学、哲学等は、……古今東西の学者、これらの諸学をおしなべて文学の範囲に入るるもの多し。」高津らはこれらを広義の「文学」とした上で、新たな「文学」の定義を模索しているのですが、それはともかくここで列挙されている諸学が、草創期の東京大学文学部で講じられた科目とよく一致することが目を引きます。歴史や哲学等の他、政治や理財(のちの経済学)までも「文学」の範疇に入れることが少なくなかったようです。

現在文学部には二十六の専修課程(研究室)が置かれています。思想・哲学系、歴史・考古系、語学・文学系、行動・社会系の四つの分野に大別することができるこれらの研究室は、明治初期の「文学」概念を明らかに引き継いでおり、その伝統の上に増設と改編を経て成立したものです。法学や経済学が社会科学として一つの学問分野を形成し、「文学」の意味が小説や詩歌などの言語芸術にほぼ限定された現在、文学部がカバーする分野はむしろhumanitiesの訳語としての「人文学」の方が名称としては相応しいのかもしれません。しかしそれでも「文学部」を名乗り続ける背景には、「文」が本質的に持つ人との深い関わりがあります。

「文」という字は、胸部に刺青(「文身」)を施した人間を描いた象形文字でした。そこから始まって、「文」の意味は大きな広がりを見せて行きます。紋様、文字、文字で書かれた文献、文献に記された思想内容、そして人間の文化的・精神的・社会的活動を象徴する文字となりました。文学部で行われる学問は、どのような分野であれ、人間が長い歴史の中で繰り返してきた営み、現在も行われている営みを対象として、時空間を俯瞰する立場から人と社会の根源を問うものです。その問いかけは、今ここにいる誰にも置き換えることのできないかけがえのない「自己」が発するという意味において、いかに時空の離れた存在を対象としようとも臨場感と生々しさを持ち、同時に「自己」を広大な時空間に位置付けることで相対化することに繋がります。人間の普遍性と独自性を確認する作業であるとも言えるでしょう。この過程で決定的に重要なのは、人類が作り出す文による記録を読み、それを解釈することです。蓄積された叡智を読み取り、新たな叡智を創造し、未来に継承して過去・現在・未来を繋ぐ架け橋となる、「文」はまさにそのシンボルなのです。

文を読み、資料を解釈するには、分野毎に特有の技法があります。日本語が読めるから、外国語ができるからといって、資料を読み解くことができるわけではありません。文学部に進学した学生は、それぞれの関心にしたがって専修課程(研究室)に所属し、固有の知の技法を習得します。文献にせよ、実験データにせよ、それを読み解くことは、対象が語りかける言葉に静かに耳を澄ますことに他なりません。大きな声で自己主張ばかりしていては、本当の声は聞こえません。中国の古典『老子』に「大音希声」という言葉があります。真理は微かな声で語られるのです。文献やデータと静かに向き合う日々は、実は究極のコミュニケーションの訓練の場と言えるのではないでしょうか。

明治以来の重厚な伝統を持つ文学部ですが、近年は大きな変化も起きています。専門を超えた横断的な学習・研究を促進するため、従来の四つの学科を統合し、人文学科一学科に改組したことはその一つです。学部生にも指導教員制を導入し、卒論の指導はもとより、日ごろの学習相談など、より細かな指導を受けられる体制を作りました。一方二〇一七年度から始まった卓越大学院は、研究意欲を持つ学部学生向けに「学部プログラム」を設けて学部・大学院連携の仕組みを整え、四年生在学時に大学院科目の履修を可能にし、大学院進学後には学外での研究活動プログラムや経済的支援も用意されています。

昨今の人工知能の想像を絶する進歩は、あたかも人の存在基盤を揺るがすかのような受け止め方をされることがあります。しかし機械が人に近づけば近づくほど、これまで意識もしなかった違いが視野に入ってくるでしょう。人は「常に」未曽有の事態に直面し、いつしかそれを自らの知の体系に組み込んできました。文学部はこの先も変化する時代の動きを見据えながら、人の人たる所以を問い続けて行くことでしょう。

(副研究科長/中国語学)

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