HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報600号(2018年5月 8日)

教養学部報

第600号 外部公開

〈後期課程案内〉農学部

学部長 丹下 健

地球の未来を築く農学

http://www.a.u-tokyo.ac.jp

近年の異常気象の多発に代表される地球環境の悪化は、将来の人類社会の持続性を不確実なものにしています。国連は、二〇一五年に持続可能な発展のための2030アジェンダを採択し、持続可能な地球社会の実現のための十七の目標(SDGs)を定めました。SDGsには、貧困や飢餓、健康、エネルギー、気候変動、生態系保全など、農学が取り組むべき多くの課題が含まれています。

農学は、人口の増加に伴って増大した食料や生物資源の需要を満たすことに多大な貢献をしてきました。その一方で、広大な森林を伐採して農地を造成し、農薬や肥料を多用するなど、環境や生態系を改変することにも大きく関わってきました。人類が現れる前には地球上の陸地のおよそ半分を森林が覆っていましたが、農地や住居などの造成のために伐採され、半乾燥地での過剰な伐採による砂漠化の進行なども伴って現在では三割以下にまで減少しました。森林は、樹木や土壌に大量の炭素を貯留しているだけでなく、樹木が土壌中から水を吸収し大気中に蒸散させる活動を通して、地球規模での水やエネルギーの循環で大きな役割を担っています。森林が減少したことが気候変動の一因ともなっています。地球環境の保全において森林が大きな役割を担っていることが国際的な共通認識になった現在でも、熱帯林を中心に一、〇〇〇万ha以上の森林が毎年消失しています。その原因の一つに、地域住民の貧困が挙げられ、生活のための燃料や農地の造成、木材の販売などのために森林が伐採されています。経済性が優先され、穀物の増産を図るための大規模な農地の造成が、森林の減少をもたらす原因になっています。SDGsに掲げられたある課題の解決を目指すことが、他の課題の解決を困難にする場合があります。持続可能な地球社会の構築のためには、部分最適を目指すのではなく、全体最適を目指す視点と取り組みが必要です。特に、人間活動が環境に与える影響の視点が重要です。

農学部は、応用生命科学と環境資源科学、獣医学の三課程に、生命科学や化学、生態学、環境科学、工学、社会科学など、多様な学問分野を背景とした十四の専修が設置されています。対象とする生物も、植物、動物、微生物と多様であり、生態系から遺伝子までそのレベルも様々です。農学部では、それぞれの専修での専門性を高めるための教育だけではなく、食や環境、生物多様性、バイオマス利用など農学が対象とする分野を俯瞰する能力を高めるための教育にも力を入れています。課題が我々の社会生活の中で生じていることから、技術だけでは課題は解決できず、社会生活の仕組みを変えることが必要です。人と自然との関係を整える社会科学も農学の重要な分野です。現在の七十二億人の世界人口は、二十一世紀末にはその一・五倍の百億人を超えると予想されています。農学では、自然環境や生態系への負荷を少なくし、食料などの生物資源を持続的に生産するための科学的な基盤を担う学問としての役割が大きくなっています。

農学部では、将来にわたって人類社会の持続性を確実なものにするために様々な関係者と協働できる高い専門性を有した人材の育成を目指し、学部と大学院を通じた「One Earth Guardians育成プログラム」を平成三十年度に開始します。このプログラムでは、持続可能な地球社会の構築には、生物界全体を地球の一部として捉えて、地球全体の健康を考えることが重要であり、地球全体の健康と人類社会の両立のためには生物の恵みを無駄なく利用していくことが必要であるという考え方に基づいており、実践力を高めるカリキュラムが用意されています。

生物は計り知れない機能を有しており、我々が利用している生物機能はほんの一部に過ぎません。環境問題や食料問題の解決に役立つ新たな機能を備えた生物を見いだし活用することも農学の大事な役割です。農学は、生物機能の活用を通して持続可能な未来社会の構築に貢献する学問です。多くの皆さんが農学に関心を持っていただけることを期待しています。

(農学部長/森林科学)

第600号一覧へ戻る  教養学部報TOPへ戻る

無断での転載、転用、複写を禁じます。

総合情報