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最終更新日:2018.07.09

教養学部報

第602号 外部公開

本の棚

岡ノ谷一夫

深代千之/内海良子著
『身体と動きで学ぶスポーツ科学』(東京大学出版会、二〇一八年)
提供 東京大学出版会



僕はいろいろな劣等感を抱えて生きているが、中でも最悪なのはスポーツができないことだ。スポーツ全般に苦しい思い出ばかりなので、オリンピックやワールドカップの時期にはテレビを見るのが不快だ。次に困るのが食欲を自己制御できないことだ。いわゆるダイエットに失敗し続けている。ごく最近、炭水化物ダイエットに成功したが、今度は「炭水化物ダイエットは老化を早める」という噂もあり、困っているところだ。

僕は幼いころから「運動神経がない」と言われ続けてきた。運動神経がないのであればもっと重篤な状態なはずであり、これは科学的な表現ではない。ともかく、巷ではスポーツが得意でないことを「運動神経がない」という。深代先生、ぜひこの過ちを正してください。

さて、僕の運動音痴が最初に露見したのは、幼稚園のころだ。スキップというものができず、足がもつれてころんでしまった。小学校に入ると、球技もできずかけっこも遅いことがわかった。田舎の男の子でスポーツが苦手だと、青春は暗い。実際、小学生から高校まで、バレンタインデーの本気チョコは一度ももらったことがない。

本書はそんな僕に福音となるだろうか。今さら本気チョコが欲しいわけではないが、自己変革のきっかけにならないかなと期待して読み始めた。二ページ目にしていきなり示唆深い話が出てくる。身体の三要素として、巧みさ・力強さ・ねばり強さ、とある。このうち、巧みさは脳・神経系が関わり、練習により鍛錬可能である。しかも、一度練習すると忘れにくい。力強さは筋・骨格系、ねばり強さは呼吸・循環系が関わり、トレーニングで鍛錬可能だが、こちらはトレーニングを怠ると元に戻ってしまう。僕の問題は、おそらくは遺伝的にあった巧みさの欠如を練習で補うことなく、それゆえ、力強さとねばり強さを養うトレーニングを積み重ねることもできなかったことにあるのだろう。遺伝と環境の相互作用の上に今の僕があるのであり、一概に親を責めるわけにはいかないな。

第一部は概ね、巧みさ・力強さ・ねばり強さの順に説明が進んでゆく。面白かったところをいくつか拾い出す。筋肉が修復されるのに要する時間が二十四時間以上なので、トレーニングは毎日ではなくむしろ一日おきのほうがよい場合があるらしい。さぼる口実にもなるな。赤身魚と白身魚の違いは遅筋と速筋の差の違いである。今後、魚を食べるときには気をつけよう。カンブリア大爆発の時期には二メートルもの大きさのウミサソリがいたという。一度会ってみたかった。マラソン選手は心拍数が常人の半分と言われるが、一度の拍出で送り出される血液量は常人の二倍だそうで、人間としてつじつまは取れているのだ。五合目からの富士登山は、実は一三〇〇キロカロリー程度しか消費しない。運動だけで減量するのは難しい。登山は、登山のための体を維持することがダイエットにつながる。

第二部では、バイオメカニクスとの関連でスポーツ科学が語られる。いくつか拾い出す。人間の泳ぎと魚の泳ぎの水抵抗を比べると圧倒的に魚が有利なのがわかる。歩行効率を考えると毎分一二〇メートルを超えると走るほうが楽だ。競歩がたいへんなのはそういうことなのか。昔は短距離の練習で「もも上げ走」が行われたが、今ではこれは意味がないことがわかっている。スポーツの常識はどんどん変わっていくのである。

第三部は僕の今の課題であるダイエットを扱う。健康的な減量には食事内容のコントロールと共に筋肉量の維持も必要である。短期間の極端な減量は「必ず」リバウンドをもたらす。肝に銘じておこう。

この本は教科書なので、当然ながら教科書的な記述が多い。しかしそれが無味乾燥にならないのは、スポーツ科学の根幹である生物学と物理学に加え、心理学・認知科学に関する分野も含んだ科学の統合を、著者が巧みに成し遂げているからであろう。さらに、所々にはさまれている「進化豆知識」と「コラム」が、勉強の息抜きとしてうまく作用するからであろう。帯にある松岡修造のように最高のパフォーマンスを目指すためにこの本を読むだけでなく、僕のように「運動神経なし」と言われ続けた劣等感を科学的に解消するためにも、この本を推薦する。

(生命環境科学/心理・教育学)


 

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