HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報603号(2018年10月 1日)

教養学部報

第603号 外部公開

<時に沿って>なんちゃって研究者からの脱却

山元孝佳

603-04-2.jpg「なんか一つの物質を色々な濃度で与えると、一種類の細胞から心臓やら肝臓やら色々な臓器が作れるんだって!」

高校生だった頃、そんな話を聞いた私は、からだが出来る仕組みに興味を持ち、生物学を志した。読者の一部は、まだ前期課程の学部生だと思うが、ここではその少し先にある「研究」というものについて書いてみたい。私が研究を始めたのは四年生の時で、テーマは「細胞分裂のしくみ」であった。研究を始めてすぐに気付いたのは、実験というのは案外時間がかかるということだ。一つの実験結果が出るまで半年位かかるものだってある(恐らくこれは生物系に限らず、実験をする研究室ではどこも大体同じだろう)。それでも毎日コツコツと実験をする様子は、部活の基礎練に通ずるところがある。高校時代に部活バカであった私は、その生活にすぐ順応し、幸いなことにいくつか成果も出た。しかし、高校の時から興味があった「たった一つの細胞である受精卵からからだが出来ていく仕組み」について研究がしたいと思い、博士課程から(研究室を変える人は多くないが、思い切って)それが出来る発生生物学の研究室に移った。

「いや、でもなんか違うんだ。」

自分の興味に従って分野を変えたが、それでもなお違和感があったのである。その理由をずっと考えながら、月日が流れた。そしてようやくある日、「実験という名の作業ばかりに追われて、頭を使っていなかった」ということに気づいた。それは研究ではなかった(と今ならわかる)。そのことをちゃんと認識できてからはちょっと世界が変わって見えた。何を明らかにしたいのか、それが面白い課題なのか。そんなことを常に考えながら研究をし始めると、徐々に面白い研究が出来るようになってきた。

少しだけ私の研究の話をしたい。様々な器官や臓器が適切な位置に形成されるには、細胞同士の情報のやり取りが重要だ。細胞は人間のSNSさながらに、“ブロック”したり、受け取るだけ受け取って何にも反応しない“既読スルー”のようなこともしたりする。送信・受信だけではない。情報を遠くまで運んだり、逆に近くに留めておいたりという精緻な調節もある。このような仕組みが統合的に働いて、私たちのからだは緻密に作られているのだ。私はこれを明らかにする研究の一端を担った。もしかしたら今、もう少しで発生生物学に新たな概念を提示できるかもしれないところにある。これが研究の最前線だ。

高校までは学問を「学ぶ」ことが多いが、大学からは学問を「作る」ように、学問に対する姿勢が変わっていく。その過渡期にある駒場生には、かつての私のように迷える子羊になっている学生がいるかもしれない。そんな人がいたらちょっと背中を押しながら、面白い研究・学問を展開して行きたい。新しい世界を一緒に見つけようじゃないか。

(生命環境科学/生物)

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