HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報607号(2019年2月 1日)

教養学部報

第607号 外部公開

送る言葉「荒井良雄先生を送る」

永田淳嗣

この原稿をそろそろ準備せねばと気も焦りだした頃、荒井先生が夢に現れた。「永田君、そろそろではないですか。」一呼吸置き、「提出は締切の三日前。」毎年、教室の卒業生を送り出すお祝いの場での先生の決めぜりふである。先生は学生を指導される時、学業の出来はさておくとして、その学生がどうしたらまっとうな社会人になれるのか、そんなことをいつも考えておられたようである。「厳しくも優しい。」よく耳にする先生に対する評判は、このあたりに理由があったのかもしれない。
思えば先生とは実に長いおつきあいである。出会いは私が学部三年生の時、「地域分析Ⅱ」の非常勤講師として先生が出講されたときに遡る。その後私が教室の助手を務めていたときに、本学の助教授として戻ってこられた。それから四半世紀を超える長きにわたり教室のスタッフとしてご一緒させていただいてきた。
私の目に映る先生は、一貫して研究においては開拓者、教育においては改革者であった。まだ人文地理学の産業研究において農業や製造業が主流だった頃、大規模小売店の進出やコンビニエンスストアの出現にいち早く注目し、商業を重要な研究対象として浮上させた。一方で人口構造の変化や情報技術の発展が社会のあり方に大きな影響を与える中で、人々の生活行動や生涯行動がどう変化し、どのような課題を抱えているのかを時空間的な視点から実証的に解明することにも力を注がれた。マーケティングの地理学、高齢者の地理学、情報の地理学、都市住民の時空間行動、ライフコース論。先生が開拓されたダイナミックで魅力ある分野を学ぼうと、国内外から多くの若者が先生の下に集まってきた。
本学の人文地理学関係の教育に関しても、様々な面で新風を吹き込まれた。後期課程のカリキュラムでは地域調査実習の成果を一学期かけて報告書にまとめるしくみや、地理情報システムの技能を段階的に習得する体制を整えた。大学院レベルでの研究・教育では、従来主流の個人研究に対し、人口問題研究所などと連携し、大量データの組織的収集に基づく、プロジェクトタイプの研究を一つの選択肢として確立した。
このように先生は、真の開拓者であり改革者であったと思うのだが、決してご自身の考えやリーダーシップをふりかざすということはなかった。人文地理関係の院生・スタッフが参加する合同ゼミでは、いつも学生の報告にじっくりと耳を傾け、「それは実はこういうことではないのですか。」と重い一言を発せられた。会議においても、様々な意見が出尽くしたところで、落としどころをズバリと言い当て、みなが納得して進むというのが常だった。
さてこの原稿、何とか締切には間に合ったようである(三日前ではないが)。荒井先生のお仕事を振り返り、感謝の気持ちを表そうとするあまり、どうも肩に力の入った文章になってしまった。先生であればきっといつもの笑顔で「へっへっへっ」と笑い飛ばしてくれるに違いない。

(広域システム科学/人文地理学)

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