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最終更新日:2017.10.13

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トピックス 2013.03.22

【研究発表】アメーバ細胞の自由自在な形状を決定する仕組みを解明

1. 発表者:
石原 秀至(東京大学 大学院総合文化研究科広域科学専攻 助教・JSTさきがけ 兼任研究者)
澤井 哲(東京大学 大学院総合文化研究科広域科学専攻 准教授・JSTさきがけ 兼任研究者)

2. 発表のポイント:
◆アメーバ細胞でみられるアクチン/イノシトールリン脂質シグナルの波は並進波、反射波、らせん波の3要素から構成されていることを定量的な測定と解析から明らかにした。
◆波パターンの生成機構と、伸張・反転・回転からなる細胞変形の動態を、数理モデルシミュレーションにより明らかにした。
◆細胞動態の背後にある自己組織化現象の詳細が明らかになることで、アメーバ状運動の制御と操作などへの応用が期待される。

3.発表概要: 
「生物らしさ」を理解する上で、細胞の自発的な挙動やそのランダム性の起源は重要なテーマです。近年、動物、ヒトを含む様々な細胞の形状変化や運動の背後には、膜の裏打ちを伝播するアクチン波(注1)が存在していることが明らかになってきました(図1A)。この波が、どこで発生し、どの方向に伝播しているかは、細胞の柔軟で可塑的な運動特性を理解する鍵となることから、その決定機構の解明が望まれていました。
東京大学大学院総合文化研究科の澤井哲准教授(兼JSTさきがけ研究員)らの研究グループは、細胞性粘菌アメーバ(注2)の自発的な形状が、アクチンとそれに付随する膜上のイノシトールリン脂質PIP3シグナル(注3)の波の幾何学的特徴により決定されていることを、生細胞イメージング計測によって世界で初めて明らかにしました。この解析によって、アメーバ細胞の自由自在で複雑な形状とその自発性の起源の理解が深まりました。今後、これらの動態の情報をもとに詳細な解析を進めることで、生物の自発的挙動についての基礎的な理解の発展と、ヒト免疫細胞や浸潤するガン細胞などのアメーバ様運動の制御と操作への応用が期待されます。

4.発表内容:
アメーバ状の形態変化はヒト好中球やマクロファージなどの運動や食作用でもよく知られ、癌細胞が浸潤、転移する際にも同様の運動形態がみられます。こうした運動は全くのでたらめではなく、膜の伸縮、伸張と移動が柔軟なテンポとタイミングでおこなわれ、かつ細胞全体の変形としての調和がとれています。膜の裏打ちにおけるアクチンの重合は、ときに細胞全体を伝播する波(アクチン波)として時空間的に発展し、それが細胞端に達した際に細胞膜がおされる過程があることが知られていましたが、アメーバ状細胞全体の形態との関係は明らかでありませんでした。

【図1】

20130312-fig01.jpg

そこで、東京大学大学院総合文化研究科の澤井哲 准教授(兼JSTさきがけ研究員)らの研究グループは、アクチン波がいつどこで発生し、どの方向にむかって伝播し、いつどこで消滅しているかを手がかりとして、波のパターンと細胞形状の決まり方を調べました。アクチン重合の阻害剤や、PIP2からPIP3(注2)へのリン酸化を触媒するPI3キナーゼの阻害剤で細胞を処理すると、波の発生は著しく低下し、そのパターンも単純化しました(図1B)。波の空間的な配置を明らかにするために、波の時間的周期性に基づいて位相を抽出したところ(図2A)、回転する波の中心に位相の特異点が存在していることを突き止めました。薬剤処理していない、自由にはいまわっている細胞についても同様の位相の特異点が出現しており、二つのペアとなっているものはその間で維持される波面が比較的平面的に膜を押し出していること、一つに隔離された特異点のまわりでは、回転するらせん波によって膜も回転しながら押し出していることが明らかになりました(図2B)。膜上では、既存の波と新規に発火する波が常に競合しており、波と波が衝突した際に位相がどの程度シフトするかを解析したところ、新規の波が既存の波の裏側で発火したときに、位相が不連続的にリセットされ特異点が出現することがわかりました。位相の特異点は、不整脈時の心筋の収縮場や、粘菌の集合場におけるcAMP波にも共通してみられる動的構造です。

【図2】

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特異点は空間的にドリフトして細胞端まで到達すると消滅すること、また伝播した波が細胞端に到達すると消える場合と反射する場合があることも明らかになりました。位相の特異点がない場合には、並進波や反射波が支配的となり、一度特異点が出現すると、興奮状態が自己充足的に維持され回転波を生み出します。一見複雑に見える波でも、並進波、反射波、回転波の3つの基本要素から構成され(図1B)、どの成分が多いかは位相の特異点の有無、場所と数によって決定することが解明されました。

さらに、数理モデル(図3A)による解析から、正のフィードバックによりPIP3の微小な濃度ゆらぎが増幅されPI3キナーゼが活性化されると、さらにPIP3が上昇し、これが膜上を拡散して周りにつたわり、さらにPI3キナーゼが活性化されるという連鎖が引き起こされることがわかります。こうして発生した波は細胞端にむけて伝播し、途中で他の波と衝突すれば、その位相の関係によって消滅する、あるいは特異点を形成します。これらのダイナミクスの組み合わせによって波のパターンが複雑化し、時間的に空間的にリズムをもっている形状変化を引き起こすことが予想されました(図3B)。ゆらぎによって、ランダムな場所で波が発生する一方で、波それ自体の発展規則は決定論的です。規則性とランダム性の両方がせめぎあうことで、複雑なアメーバ形状の自発的な変化が生み出されています。これらの解析結果は、アメーバ細胞を駆動するリン脂質/アクチンの波が興奮系(注4)特有の現象として理解できることを示しています。

【図3】

20130312-fig03.jpg

自己組織化するラセン波は、心筋の収縮場が不整脈時に示す特異点や、脳波、粘菌の集合場におけるcAMP波などに共通してみられる動的構造であり、これまで多細胞組織において知られていました。今回、細胞内で発見されたことによって、単一細胞の動態における役割が示されました。こうしたPIP2,PIP3やアクチンの自己組織化現象は真核細胞に共通した素過程と考えられ、細胞の自発性の起源、ゆらぎの起源、細胞の行動の柔軟性、可塑性、適応性の解明への発展、さらには細胞動態の操作への応用が期待できます。

本研究は、主に、ヒューマン・フロンティア・サイエンス・プログラム(HFSP)若手研究グラント、JST戦略的創造研究推進事業さきがけ研究領域「細胞機能の構成的な理解と制御」(研究総括:上田泰己 理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター プロジェクトリーダー)、上原記念財団研究奨励、およびJST戦略的創造研究推進事業さきがけ研究領域「生命現象の革新モデルと展開」(研究総括:重定南奈子 奈良女子大学名誉教授)の支援をうけて行われました。

5.発表雑誌
雑誌名:米国科学アカデミー紀要 (PNAS; Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America)
論文タイトル:Phase geometries of two-dimensional excitable waves govern self-organized morphodynamics of amoeboid cells.
著者:Daisuke Taniguchi†, Shuji Ishihara†, Takehiko Oonuki, Mai Honda-Kitahara, Kunihiko Kaneko and Satoshi Sawai*  (†equal contribution; *corresponding author)
DOI番号:doi:10.1073/pnas.1218025110

6.問い合わせ先:
東京大学 大学院総合文化研究科 広域科学専攻 相関基礎科学系
准教授 澤井 哲(さわい さとし)
Tel/Fax:03-5454-6737
E-mail:cssawai [at mark] mail.ecc.u-tokyo.ac.jp
※表記のメールアドレスの [at mark] は@に置き換えてください。

7.用語解説:
注1) アクチンフィラメントの波(アクチン波):細胞骨格を担うアクチンタンパクの重合・フィラメント形成が、膜の裏打ちで一過的に生じ、その反応の連鎖が空間的に伝わる現象。
注2) 細胞性粘菌アメーバ:世界中の土壌中に広く認められる真核細胞で、高校の生物学の教科書や大学入試でおなじみのモデル生物種。培養、計測、遺伝子改変などの容易さと、細胞運動やシグナル伝達など動物細胞と共通する特徴もあることから、分子生物学、細胞生物学、発生生物学などにおいて有用な生物種。
注3) イノシトールリン脂質PIP3: 真核細胞膜の細胞質側にあるホスファチジルイノシトール3,4,5三リン酸(PIP3)は、特異的に結合するタンパクを膜上の特定の場所へ局在化することでシグナル伝達分子として働く。ホスファチジルイノシトール4,5二リン酸(PIP2) がホスファチジルイノシトール-3-キナーゼ(PI3キナーゼ)によってリン酸化されることで生成される。
注4) 興奮系:普段は安静状態にあるが、一定の強さの外部刺激を受けると強い応答(発火)を示す興奮状態、その後、応答を示さない不応期の状態を経て、安静状態に戻るという状態遷移規則が見られる系。興奮によって刺激を周りに伝え、発火が連鎖的に生じると、この連鎖が「興奮波」として観察される。このような性質を一般に「興奮性」と呼び、本研究では膜上分子動態の状態遷移として観察されている。多細胞体制における興奮性は細胞自体の状態が遷移する現象として、粘菌の集合場、神経細胞の活動電位、心筋細胞の拍動、毛包細胞の色素発現など様々な細胞種にみられる。また、細胞以外にも化学反応系や、動物個体など様々な階層、物質でみられるため、それらをまとめて「興奮系」と呼んでいる。

関連URL:
http://sawailab.c.u-tokyo.ac.jp/pictures2.html
http://www.pnas.org/content/110/13/5016

 

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