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最終更新日:2016.06.16

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トピックス 2014.01.23

【研究発表】反水素原子ビーム生成に成功

1. 発表者

黒田 直史(東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻 助教)
松田 恭幸(東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻 准教授)
Stefan Ulmer(理化学研究所Ulmer国際主幹研究ユニット国際主幹研究員)
山崎 泰規(理化学研究所山崎原子物理研究室 上席研究員)
檜垣 浩之(広島大学大学院先端物質科学研究科 准教授)
長嶋 泰之(東京理科大学理学部物理学科 教授)

2.発表のポイント:

◆反水素原子(注1)を初めて余計な磁場の影響の無視できる領域(強磁場領域から 2.7 m 下流)で検出
◆反水素合成反応を百秒以上持続させることに成功
◆反水素原子ビーム生成の基本的技術を確立

3.発表概要:

反水素原子は最も単純な反原子です。その性質を精密に測定し、対応する水素原子と比較することで、反物質と物質の間に違いがあるのかという CPT 対称性(注2)を検証し、ひいては、なぜ私達の宇宙には反物質が殆ど存在せず、物質優勢なのかという謎の手がかりを得ようと、さまざまな手法が提案され研究が進められています。しかし、反水素原子を効率よく合成しつつ、合成装置自身の強い磁場の影響の無視できる遠く離れた領域までビームとして引き出す実験手法は未開発でした。

東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻の黒田直史助教、同松田恭幸准教授、理化学研究所Ulmer国際主幹研究ユニットのStefan Ulmer 国際主幹研究員、理化学研究所山崎原子物理研究室の山崎泰規上席研究員、広島大学大学院先端物質科学研究科の檜垣浩之准教授、東京理科大学理学部物理学科の長嶋泰之教授らの研究グループは、欧州の大学・研究機関と共同で欧州原子核研究機構(CERN)において開発してきたカスプトラップ(注3)中で反陽子(注4)に高周波を加えて陽電子プラズマに混合することで、反水素原子合成反応を長時間にわたって持続させ、その効率を大幅に改善しました。さらに、合成領域から 2.7m 離れたカスプトラップ自身による強磁場の影響が無視できる場所まで飛んできた反原子ビームを検出することに成功しました。

これにより、黒田助教らの研究グループが開発を続けてきたカスプトラップが反原子ビーム源として動作していることが示され、これを用いた高精度反原子ビームマイクロ波分光実験(注5)が可能であることも示されました。今後、反水素原子の分光学的研究が進んでいくものと期待されます。

4.発表内容:

研究の背景

反水素原子は、陽子の反粒子である反陽子と電子の反粒子である陽電子の束縛系であり、最も単純な反原子です。また、人類が唯一合成に成功している反物質でもあります。この反水素原子と水素原子の性質を高精度で比較することで CPT 対称性を検証できます。これによって、反物質と物質の間にどのような違いがあるか、ひいては、なぜ宇宙が物質優勢なのかという謎の手がかりを得られると期待されます。そのための実験手法として反水素原子を磁気瓶に閉じ込める研究が進んでいますが、強い磁場中に反水素原子をトラップするため高精度分光には困難を伴うと考えられています。そこで、東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻の黒田直史助教、同松田恭幸准教授、理化学研究所Ulmer国際主幹研究ユニットのStefan Ulmer 国際主幹研究員、理化学研究所山崎原子物理研究室の山崎泰規上席研究員、広島大学大学院先端物質科学研究科の檜垣浩之准教授、東京理科大学理学部物理学科の長嶋泰之教授らの研究グループは、欧州の大学・研究機関と共同で、冷えた反水素原子をトラップ装置自身の強磁場の影響の無視できる領域まで反原子ビームとして引き出してきて、その性質を詳しく調べるという新たな観点に立った研究を進めています。研究グループは既に 2010 年12月にカスプトラップ中での反水素原子大量合成の成功を報告しています(2010 年 12 月 6 日プレスリリース「反水素原子ビーム生成装置が稼働開始へ」)。

研究の成果

今回の成果は、アンチヘルムホルツコイルと多重円筒電極群からなるカスプトラップと、真空中に設置された無機結晶シンチレータからなる反水素検出器を用いています(図 1)。

図の右上には陽電子線源(放射性同位元素 22Na)があり、ここで発生する高エネルギーの陽電子を減速し、中央上部にある陽電子蓄積器に溜め込みます。適当な量が溜まった後、これを図中央のカスプトラップに輸送し、形状が整えられ冷却された陽電子プラズマを準備します。反陽子は CERN の反陽子減速器から供給される反陽子を図左下の反陽子蓄積器(超低エネルギー反陽子ビーム源 MUSASHI)に高い効率で捕捉、冷却し、形状を整えます。ついで、カスプトラップ中の陽電子プラズマにMUSASHIからの超低エネルギー反陽子ビームを直接入射します。反陽子と陽電子はさまざまな衝突過程を経て反水素原子を形成します。今回の実験では、陽電子数と密度を増やすと同時に、高周波を加えることで反陽子の運動を制御し、反陽子と陽電子を“そっと”、しかも長時間混合することを目指しました。その結果、反水素原子の合成効率が大幅に改善されました。さらに 2.7m 離れた場所に設置された無機結晶シンチレータに反水素原子が直接ぶつかる際の信号を検出することで、反水素原子をおよそ 80 個検出することに成功しました(図2)。

今後

今回の実験の成功により、カスプトラップを用いることで、高精度分光実験に影響を及ぼす不要な電場や磁場のない環境に反原子ビームを引き出し、分光学的研究を進めることが可能であることが示されました。今後、基底状態の反水素原子の生成とその運動エネルギーを確認することでマイクロ波分光を開始することができます。

本研究は、日本学術振興会 科学研究費補助金 特別推進研究 「反水素の超微細遷移と反陽子の磁気モーメント」(24000008) の成果です。

5.発表雑誌:

雑誌名:「Nature Communications」(オンライン版:1月21日)
論文タイトル:A source of antihydrogen for in-flight hyperfine spectroscopy

著者:
N. Kuroda, S. Ulmer, D.J. Murtagh, S. Van Gorp, Y. Nagata, M. Diermaier,
S. Federmann, M. Leali, C. Malbrunot, V. Mascagna, O. Massiczek, K. Michishio,
T. Mizutani, A. Mohri, H. Nagahama, M. Ohtsuka, B. Radics, S. Sakurai, C. Sauerzopf,
K. Suzuki, M. Tajima, H.A. Torii, L. Venturelli, B. Wuenschek, J. Zmeskal, H. Higaki,
Y. Kanai, E. Lodi Rizzini, Y. Nagashima, Y. Matsuda, E. Widmann, and Y. Yamazaki

DOI番号:10.1038/ncomms4089

論文URL:http://dx.doi.org/10.1038/ncomms4089

6.問い合わせ先

黒田 直史(東京大学大学院総合文化研究科 助教)
電話 : 03-5454-6509 または 03-5454-6515
Fax : 03-5454-6515
Email : kuroda @ phys.c.u-tokyo.ac.jp

松田 恭幸(東京大学大学院総合文化研究科 准教授)
電話:03-5454-6514
Fax : 03-5454-6515
E-mail : matsuday @ phys.c.u-tokyo.ac.jp

山崎 泰規(理化学研究所山崎原子物理研究室 上席研究員)
電話 : 048-467-9482
Fax : 048-467-8497
Email : yasunori @ riken.jp
檜垣 浩之(広島大学大学院先端物質科学研究科 准教授)
電話 : 082-424-7030
Fax : 082-424-7034
Email : hhigaki @ hiroshima-u.ac.jp

長嶋 泰之(東京理科大学理学部物理学科 教授)
電話 : 03-5228-8724
Fax : 03-5261-1023
Email : ynaga @ rs.kagu.tus.ac.jp

7.用語解説:

注1:反水素原子
陽子の反粒子である反陽子(注4)と電子の反粒子である陽電子が結合した反原子(反粒子とは、ある素粒子と比較して、質量とスピンが等しく、電荷など正負の属性が逆の粒子をいう)。水素原子と同様に最も単純な系であり、物理学の基本的対称性の検証に適していると考えられる。

注2:CPT 対称性
荷電共役変換(C)、パリティ変換(P)、時間反転(T)に対する物理法則の対称性。標準模型によれば、CPT 対称性は保存され、従って物質と反物質の振舞いは厳密に同じであるとされる。近年、拡張標準模型の研究などからCPT 対称性の破れも議論されている。水素原子と反水素原子の振舞いに違いが見付かれば、CPT 対称性が破れていることになる。

注3:カスプトラップ
反水素の原料となる反陽子と陽電子を高密度かつ安定に蓄積し、生成した反水素原子をビームとして取り出せる装置。超伝導ソレノイドコイル一対を同軸上に置き、このコイルに互いに逆向きの電流を流して得られる、中心がゼロで軸対称な磁場、カスプ磁場を用いている。

注4:反陽子
陽子の反粒子。質量、スピンは陽子と同じ値を持つが、電荷及び磁気モーメントは逆符号になっている。1955年、アメリカ・カリフォルニア大学のベバトロン(Bevatron)という加速器からの56億電子ボルトの陽子を用いて、オーウェン・チェンバレン(Owen Chamberlain)らが発見した。

注5:高精度反原子ビームマイクロ波分光実験
水素原子の固有状態で最低のエネルギー状態を基底状態というが、その基底状態には、超微細構造とよばれる分裂があることが知られている。その分裂の程度は、マイクロ波領域のエネルギーに相当する。そこで、今回得られた反水素原子からなる反原子ビームをマイクロ波共振器の中を通過させ、その際にマイクロ波を浴びせて超微細構造分裂と共振する周波数を求めることでその分裂の程度を知ることができる(マイクロ波分光)。
反水素原子でのその分裂の程度が水素原子と同じかどうかを高精度で比較することが最終目的である。

8.添付資料:

図1
反水素原子源の概念図。右上にはベータ崩壊により陽電子を供給する22Na線源があり、それに続く陽電子蓄積器に一定量溜まる毎にカスプトラップに輸送される。CERN の反陽子減速器から供給される反陽子は左下の超低エネルギー反陽子ビーム源 MUSASHI)に捕捉、冷却された後、カスプトラップ中の陽電子プラズマに直接打ち込まれる。合成された反水素原子の一部は、超微細遷移分光ビームラインを経由して、反水素検出器に到達、確認される。

20140121topics_fig1.png

図2
a. 反水素検出器の無機結晶シンチレータ上での反水素原子消滅によるエネルギー付与のスペクトル。陽電子・反陽子混合条件化で、高いエネルギー付与が認められた。
b. エネルギー閾値毎の検出数(一回の混ぜ合せ時間150秒当り)の変化(■:主量子数43未満、▲:主量子数29未満)。
c. シミュレーションから得られる条件毎の検出効率で反水素数を評価するとほぼ一定となることが示された。150 秒当り 6 個となる。

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