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最終更新日:2017.12.15

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トピックス 2014.11.13

【研究発表】粘菌の「集まれ!」の合図への応答にはダイオードのような整流作用が働いている。

1.発表者:

澤井 哲(東京大学 大学院総合文化研究科広域科学専攻 准教授)
中島昭彦(東京大学 大学院総合文化研究科広域科学専攻 複雑系生命システム研究センター 特任助教)

2.発表のポイント:

◆細胞性粘菌が細胞間を波のように伝播する誘引物質を合図に集まる性質により、理論上、去りゆく波にも反応して元居た場所へ戻っていってしまう「走化性パラドクス」が生じる。
◆2つの新技術の開発(微小流路内の高精度な層流制御技術、細胞内反応の定量的測定技術の開発)と理論モデルの検証によって、「走化性パラドクス」が起こらない仕組みが分かった。
◆誘引物質によって動く方向が定まる性質は、細胞性粘菌から免疫細胞まで共通してみられるため、体内の目的の組織へ正確に移動する仕組みの理解につながることが期待される。

3.発表概要:

細胞性粘菌(注1)は、単細胞として過ごす時期と、細胞が集合して子実体と呼ばれる多細胞構造を形成する時期とを繰り返します。細胞性粘菌の集合の合図は、細胞間を波のように伝搬する誘引物質が担っており、細胞は誘引物質の濃度がより高い方へ移動します。しかし、それでは、誘引物質の波が進行方向からやってきて去りゆく過程においては細胞が元居た場所へ戻っていってしまう「走化性パラドクス」(図1)が生じます。細胞が去りゆく波に“惑わされず”、一方向に動いていく仕組みの解明が待たれていました。
東京大学大学院総合文化研究科の澤井哲准教授らの研究グループは、細胞性粘菌は誘引物質が経時的に増加する場合のみ、移動するための信号を細胞内に伝達することを明らかにしました。このような細胞応答は、「整流作用(注2)」と呼ばれる信号処理特性でコンピュータなどの集積回路に用いられるダイオードが一方向にのみ電気を流す特性と同じです。また、この「整流作用」は、誘因物質の濃度変化に応答する反応機構に、ある範囲での変化に対してのみ鋭敏に反応する性質があるために生じることを示しました。この発見は、微小流路内の高精度な層流制御技術と細胞内反応の定量的測定技術の開発、および理論モデルによる検証から可能となったものです。
今回の結果は、多細胞組織のように外部刺激が時間的にかつ空間的に大きく変化する環境における、細胞の移動方向の決定の動作原理について、大きな手がかりとなるものです。ヒトを含む動物の発生や創傷治癒、免疫反応などにおける細胞移動の機構の理解と、その操作法の開発につながることが期待されます。

4.発表内容:

アメーバ細胞や免疫細胞などの這い回る細胞の移動方向が、場の情報からいかにして決定されているかは未解決の問題です。這い回る細胞の多くは誘引物質の濃度を細胞の前と後ろで比べ、濃度の高い側でのみ、アクチンとよばれるタンパク質が樹状の線維を形成し、これによって膜を伸張し、濃度の高い方へ移動すると考えられています。これを走化性運動(注3)と呼びます。こうした運動の理解は、生化学、分子遺伝学的な実験を実施しやすい細胞性粘菌(注1)において進展しています。細胞性粘菌は微生物の一種ですが、単細胞で過ごす時期と細胞が集合して子実体と呼ばれる多細胞構造を形成する時期とを繰り返します。細胞が集合する際の誘引物質は、個々の細胞が分泌するサイクリックAMP(cAMP)という化学物質で、粘菌の細胞は、このcAMPが波のように細胞集団中を伝搬するときの濃度変化を頼りに集合し、多細胞組織を構築します(添付資料図[1a])。しかし、cAMPの濃度が高い方に移動するというだけでは、「走化性パラドクス」(添付資料図[1b])と呼ばれる問題が生じます。つまり、cAMP波が細胞へ近づいてくるときはcAMP濃度がより高い方へ動けばよいのですが、cAMP波が細胞から離れていくときに、細胞がcAMP濃度の高い方へ動いてしまっては、細胞は結局元の位置に戻ってしまいます。「走化性パラドクス」が実際の細胞性粘菌に起こらない分子機構として、これまで、細胞が波を積極的に検知しない時期を仮定するものや(不応期説)、細胞の動きが記憶されてそれが持続する(メモリー説)などが提唱されてきましたが、いずれも決定打ではなく、長年、未解決のまま残されてきました。

今回、東京大学大学院総合文化研究科の澤井哲准教授らの研究グループは、細胞性粘菌が、誘引物質cAMPの濃度が経時的に増加する場合のみ、移動するための信号を細胞内に伝達することを明らかにし、この性質によって走化性パラドクスを解決できることを示しました。これは、微小流路内の層流形成によって空間的、時間的に誘引物質の濃度を高精度に制御する技術と、細胞の先端が形成される際の細胞内反応の定量的測定技術、という2つの革新的技術の組み合わせによって初めて可能になったものです。研究グループは、人工的に形成した動的勾配について、さまざまな時定数と、時間変化、空間変化の符合の組み合わせを検討しました(添付資料図[2a])。また、細胞先端の形成を促す物質の一種であるRasタンパク質(低分子量GTP結合タンパク質)の活性化を、蛍光タンパク質を用いてレーザー共焦点顕微鏡により測定し(添付資料図[2b])、データを理論モデルと比較、解析しました。その結果、Rasの局所的活性化と大域的抑制化で構成されるフィードフォワード型の反応ネットワーク(添付資料図[3])に強い抑制がかかっている場合に、cAMP濃度の上昇に反応してスイッチ的な応答(ゼロ次の超感度性(注4))を示すこと、この性質によって細胞の適応応答(注5)に整流作用(注2)が出現すること、整流作用によって観測された細胞の振る舞いのほとんどが矛盾なく説明できることが示されました(添付資料図[4])。ゼロ次の超感度性は、Rasが活性化された場合の細胞内伝達経路において出現しやすいことが従前予想されており、このことと整流作用がみられることとはよく整合しています。今回の結果は、誘引物質濃度が時間とともに減少する場合に誘引物質が存在するとういシグナルを細胞内伝達経路の下流に伝えないこと(整流作用)で、波の背面が無視されていることを示しています(添付資料図[5])。

細胞の運動に関わる分子群は、細胞性粘菌と免疫細胞において多くの共通性がみられます。今回の発見は、細胞性粘菌の理解に限らず、従来、時間的に変化しない濃度勾配で調べられてきた細胞の移動方向の決定機構について、大きな手がかりとなります。濃度勾配検出の時間変化依存性は、免疫細胞などで示唆されてきており、こうした細胞が場の時空間情報を読み取って体内の目的の組織へ正確に移動する仕組みの理解につながることが期待されます。整流作用は、元来、ダイオードなど一部の電子素子が持つ特性として知られてきたものですが、今後、細胞においていかにこの効果が実装されているかを解明することで、動作原理に基づいた細胞の操作法への応用開発が期待されます(添付資料図[6])。

本成果は、文部科学省および学術振興会の科学研究費 新学術領域「動く細胞と場のクロストークによる秩序の生成」公募研究、若手研究(A)、(B)、文部科学省の生命動態システム科学推進拠点事業ならびに独立行政法人科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業の支援の下、東京大学大学院総合文化研究科の中島昭彦(東京大学特任助教)、石原秀至(東京大学助教(現・明治大学准教授))、修士課程2年の井元大輔(当時)、澤井哲(東京大学准教授、兼科学技術振興機構さきがけ研究者)によって得られました。

5.発表雑誌:

雑誌名:「Nature Communications」(オンライン版 11月6日)
論文タイトル:Rectified directional sensing in long-range cell migration
著者:中島昭彦 石原秀至 井元大輔 澤井哲*(*corresponding author)
DOI番号:DOI: 10.1038/ncomms6367
アブストラクトURL:http://www.nature.com/ncomms/2014/141106/ncomms6367/abs/ncomms6367.html

6.用語解説:

注1 細胞性粘菌 
微生物の一種で、単細胞として過ごす時期と、細胞が集合して子実体と呼ばれる多細胞構造を形成する時期とを繰り返す。代表的な種であるキイロタマホコリカビ(学名 Dictyostelium discoideum)は、ゲノムが解読され、酵母にも匹敵する分子遺伝学的操作の自由度と、1細胞と多細胞レベルの可視化と操作性に優れた、細胞移動のモデル生物種。数万個のアメーバ細胞は飢餓を感知すると走化性誘因物質としてサイクリックAMP(cAMP)を自己分泌的に放出し、個々の細胞応答が揃うことでcAMPの進行波が自己組織的に形成される。個々の細胞は空間を伝搬するcAMP波とは逆向きに動き、これによって集合し、多細胞組織を構築する。同じ粘菌でも、多核の巨大アメーバを形成する真性粘菌とは別の系統群に属する。

注2 整流作用
工学的に広く知られている性質で、コンピュータなどの集積回路に用いられるダイオードは一方向にのみ電気を流す性質をもち、このような振る舞いが整流作用とよばれる。この性質によって交流を直流に変換することや、電気回路の複雑な動作をつくることができる。今回のアメーバ細胞の場合には、誘引物質の濃度が時間的に減少している場合にシグナルを反応経路の下流に伝えない性質を指す。細胞内のシグナル伝達経路(図3a)に超感度性が含まれることによって同等の性質が出現する(図6b)。

注3 走化性 
化学走性ともいう。真核細胞の多くでは、特定の化学物質を膜上の受容体タンパクで検出し、空間的な濃度勾配を読み取ることで一方向的に移動することが知られている。発生における形態形成運動や、免疫細胞が目的の組織や細胞に辿り着くための基本を担っている。

注4 ゼロ次の超感度性(zero-order ultrasensitivity)
細胞内の反応における、オンかオフかのスイッチ的な振る舞いを説明する機構の一つ。アルベルト・ゴールドベーターとダニエル・コッシュランドによって80年代初頭に提唱された。ある分子が、リン酸化や脱リン酸化のように互いに逆方向の酵素反応によって2状態を行き来でき、かつ酵素反応の進みやすさが、基質の低濃度領域で決まる場合、順方向か逆方向のいずれかの酵素反応のみが、ある一定の最大速度で基質の量に依存せず(ゼロ次反応)進む。これによって、ある反応パラメータの値を境目にして、順方向,逆方向の生成物のいずれかのみが産生される極端な状況が生じる。細胞先端の形成を担うRasなどの低分子量GTPアーゼは、GTP結合型とGDP結合型の2状態間で遷移し、これらがそれぞれ酵素反応で調節される反応(図3a)を構成しているため、超感度性が生まれやすいことが従来から指摘されている。

注5 適応応答
外部刺激を受けた際、一時的に強い応答を示した後に、外部刺激が持続しているにも関わらず、刺激を受ける前の状態へと戻るような一過性の応答のこと。適応応答を示すシステムは外部刺激の強さが変わるときに応答を示すため、外部刺激の時間変化を検出できる。真核細胞の走化性では、フィードフォワード型のシグナル伝達経路(図3a)によって実装されていると考えられている。適応応答は、真核細胞の走化性応答の他にも、バクテリアの走化性、成長因子に対する細胞の応答や酵母の浸透圧調節応答などさまざまな生命現象で普遍的にみられる振る舞いである。また、このような性質は工学的に広く知られる微分回路的な振る舞いでもある。

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アメーバ細胞の「走化性パラドクス」。a)細胞集団中で自己組織化される誘因物質cAMPのらせん波(緑)と波の中心へむかって移動する細胞(マゼンタ)。b) 「走化性パラドクス」の概念図。アメーバ細胞がcAMPの濃度の高い方へ移動する、とすると、波の空間勾配の方向は波の前面と背面で反転するので、進んで戻っての繰り返しで動けないため集合できないことになる。「走化性パラドクス」は、細胞が時空間的に変化する情報をいかに統合して行動を決定するかを考える上で、理想的な例題である。

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