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最終更新日:2024.03.26

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トピックス 2015.01.23

【研究発表】遺伝子のはたらきを光でコントロールする技術を開発

1.発表者:

二本垣 裕太(東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻 大学院生)
佐藤 守俊(東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻 准教授)

2.発表のポイント:

◆さまざまなゲノム遺伝子のはたらきを自由自在に光でコントロールする技術を開発。
◆ゲノム上の案内役であるRNAの塩基配列を設計するだけで任意の遺伝子を光でコントロールできる、極めて簡便かつ一般性の高い技術。
◆遺伝子のはたらきを調べる研究や、細胞の増殖や分化などを光でコントロールする技術への応用に期待。

3.発表概要:

東京大学大学院総合文化研究科博士課程の二本垣裕太大学院生、佐藤守俊准教授らの研究グループは、ゲノム上に散らばったさまざまな遺伝子(注1)のはたらきを、自由自在に光でコントロールする技術を開発しました。従来の技術では、実験操作に手間や高度なノウハウが必要であり、遺伝子のはたらきを調べる研究などの大きな制約となっていました。
同研究グループが開発した技術は、ゲノム上の案内役であるRNAの塩基配列を設計するだけで、任意の遺伝子を自由自在に光でコントロールできる、非常に簡便かつ一般的なものです。また、本技術では、複数の遺伝子のはたらきもコントロールできることを示しました。
この新しい技術は、多様なゲノム遺伝子の機能解明に貢献すると共に、分化や増殖などのさまざまな細胞機能を光でコントロールする技術への展開が期待されます。
本成果は、米国科学誌「Chemistry & Biology」(電子版:米国東部時間1月22日(木))に掲載されます。

4.発表内容:

研究の背景
分化や発生、代謝、免疫、記憶・学習など、私たちの生体でみられる多様な生命現象は、さまざまな遺伝子のはたらきによって成り立っています。それぞれの遺伝子がどのように生命現象の制御に関わっているのかを明らかにするには、ゲノム上に散らばったそれぞれの遺伝子のはたらきを自由自在にコントロールする技術が必要でした。このような要請から、ゲノム遺伝子のはたらきをコントロールするためのさまざまな技術が研究されてきました。しかし、従来の技術はいずれも実験操作に非常に手間がかかったり、かつ高度なノウハウが必要になったりするなどの問題を抱えていました。その一例として、コントロールしたい遺伝子の近傍(上流や下流)に外来性の塩基配列を導入する必要があったり、コントロールしたい遺伝子にあわせてツール自体を作り変えたりすることが必要でした。このような背景から、遺伝子をコントロールするための簡便かつ一般性の高い技術の開発が強く求められていました。

研究内容(技術の説明)
本研究グループが開発した技術は、2つのタンパク質(以下、プローブ-1、プローブ-2)と案内役の1つのRNA(以下、ガイドRNA)からなります(図1)。プローブ-1は、dCas9(注2)とCIB1(注3)という2種類のタンパク質をつないだ融合タンパク質です。ガイドRNAはプローブ-1のdCas9に結合し、当該プローブをゲノムDNAに結合させる役割を果たします。プローブ-1がゲノムDNAに結合するとき、ガイドRNAの5’末端の塩基配列とゲノムDNAとの間で相補的(注4)な二重鎖が形成されます(図2)。つまり、ガイドRNAの5’末端の塩基配列(20塩基程度)は、ゲノム上でのプローブ-1の結合部位を決定する因子なのです。このように、適切にガイドRNAを設計することにより、コントロールしたい標的遺伝子の転写開始点の手前の領域(上流領域)にプローブ-1を結合させることができます(図1)。

一方、プローブ-2は転写活性化ドメイン(注5)とCRY2(注6)で構成されています。プローブ-1とプローブ-2に含まれるCIB1とCRY2は、青色光の有無によって結合したり、離れたりするため、光スイッチの役割を果たします。具体的には、暗所ではプローブ-1とプローブ-2は離れ離れになっています。しかし、青色光を照射すると、両プローブは転写開始点近傍で結合し、プローブ-2の転写活性化ドメインのはたらきにより、標的遺伝子の転写が促されます。青色光の照射をやめると、両プローブは再び離れ離れになり、標的遺伝子の転写は停止します。このように、光照射の有無によって、標的遺伝子の転写をコントロールできます。

まず、本技術を最適化するためにプローブ-1とプローブ-2についてさまざまな分子設計を検討しました。次に、ヒトの染色体上にコードされている遺伝子(ASCL1、MYOD1、NANOG、IL1RN)を用いて実験を行い、本技術の一般性を確認しました。また、複数の異なるガイドRNAを細胞に導入し、複数のゲノム遺伝子の転写を光で同時にコントロールできることも示しました(図3)。
本研究グループは、任意のゲノム遺伝子のはたらきを自由自在に光でコントロールするための技術を開発しました。本技術の最大の特徴は、ガイドRNAの塩基配列を設計するという非常にシンプルかつ簡便な方法で、標的遺伝子を選択できることです。さらに、複数の異なるガイドRNAを同時に利用することにより、さまざまなゲノム遺伝子をまとめて光でコントロールすることも容易に実現できます。このような高い簡便性・一般性に加えて、本技術は光技術に特有の高い時間、空間分解能で遺伝子のはたらきを制御できる特徴もあり、例えば生体組織等において、狙った部位や特定の時間のみでのゲノム遺伝子のコントロールが可能です。さらに、プローブ-2の転写活性化ドメインを、転写抑制、エピジェネティクス制御、DNA切断等の機能をもつドメインで置き換えれば、ゲノム遺伝子の多様な光操作を実現できる可能性があります。以上のような特徴を有する本技術は、ゲノムのオプトジェネティクス(光遺伝学、注7)を開拓する技術として期待できます。本技術は遺伝子に関係するさまざまな分野に強力なツールを提供し、多様なゲノム遺伝子の機能解明に貢献できる可能性があります。さらに、ゲノム遺伝子の機能制御に基づいてさまざまな細胞機能や生体機能を光で直接コントロールする技術への展開が期待されます。

5.発表雑誌:

雑誌名:「Chemistry & Biology」(1月22日(米国東部標準時間)オンライン)
論文タイトル:CRISPR-Cas9-based photoactivatable transcription system
著者:Yuta Nihongaki, Shun Yamamoto, Fuun Kawano, Hideyuki Suzuki, Moritoshi Sato*(*責任著者)
DOI番号: 10.1016/j.chembiol.2014.12.011

6.注意事項:

日本時間1月23日(金)午前2時(米国東部時間:22日 正午12時)以前の公表は禁じられています。

7.問い合わせ先:

佐藤 守俊(さとう もりとし)
東京大学大学院総合文化研究科 准教授
〒153-8902 東京都目黒区駒場3-8-1
Tel: 03-5454-6579
E-mail: cmsato[at mark]mail.ecc.u-tokyo.ac.jp
(メールアドレスの[at mark]は@に置き換えてください。)

8.用語解説:

(注1)ゲノム遺伝子
ヒトの46本の染色体は、約31億の塩基対で構成されています。そこには、約2万の遺伝子がDNA配列上にコードされています。

(注2)dCas9
原核生物にはCRISPR-Cas9システムと呼ばれる一種の免疫機構があります。このシステムを構成するCas9は、ガイドRNAの有無に応じて、標的遺伝子の特定の塩基配列を切断する酵素(ヌクレアーゼ)です。dCas9は、Cas9の活性中心にアミノ酸変異を加えその酵素活性を消失させた変異体ですが、ガイドRNAの有無に応じて標的遺伝子に結合する機能は保持しています。

(注3)CRY2、CIB1
CRY2はシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)が有するクリプトクロムとよばれる光受容体。CIB1は青色光の有無に応じてCRY2に結合するシロイヌナズナ由来のタンパク質。

(注4)相補的
DNAの塩基(A、T、G、C)とRNA(rA、rU、rG、rC)の塩基は特定の塩基対を形成する(A–rU、T–rA、G–rC、C–rG)。

(注5)転写活性化ドメイン
転写開始複合体を呼び寄せて、転写を活性化するためのドメイン。

(注6)ASCL1、MYOD1、NANOG、IL1RN
ASCL1:ヒト12番染色体にコードされた遺伝子。神経細胞の分化の制御に関わる。
MYOD1:ヒト11番染色体にコードされた遺伝子。筋細胞の分化の制御に関わる。
NANOG:ヒト12番染色体にコードされた遺伝子。未分化状態の維持に関わる。
IL1RN:ヒト2番染色体にコードされた遺伝子。サイトカインシグナルの制御に関わる。

(注7)オプトジェネティクス(光遺伝学)
光学と遺伝子工学の方法論を融合させた学問分野。光駆動型のイオンチャネル(チャネルロドプシン)が2005年、神経細胞の光操作に応用されて以降、特に神経科学の分野で爆発的に利用されている。近年では、イオンチャネルのみならず、さまざまな光駆動型のツールの開発研究が開始されており、幅広い分野から注目されている。

9.添付資料:

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図1 本技術の原理。
プローブ-1(dCas9(シアン)とCIB1(オレンジ)の融合タンパク質)は、ガイドRNA(赤と白の部分からなる)によってゲノムDNA(グレー)に結合します。ガイドRNAの5’末端の塩基配列(赤の部分)は、ゲノム上でのプローブ-1の結合部位を決定する因子であるため、適切にガイドRNAを設計することにより、標的遺伝子の転写開始点の上流領域にプローブ-1を結合させることができます。プローブ-2は転写活性化ドメイン(緑)とCRY2(青)の融合タンパク質です。暗所では両プローブは離れ離れになっていますが(上段)、青色光を照射すると(下段)、CRY2とCIB1が結合して転写開始点近傍に転写活性化ドメインが呼び寄せられます。これにより、標的遺伝子の転写が活性化されます。青色光の照射をやめると(上段)、両プローブは再び離れ離れになり、標的遺伝子の転写は停止します。このように、光照射の有無によって、標的遺伝子の転写をコントロールできます。

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図2 ガイドRNAとゲノムDNAの結合
ガイドRNA(赤と白の部分からなる)と結合したdCas9はゲノムDNA(グレー)に結合します。このとき、ガイドRNAの5’末端の塩基配列(20塩基程度、赤の部分)とゲノムDNAとの間で相補的な二重鎖が形成されます。つまり、ガイドRNAの5’末端の塩基配列は、ゲノム上でのプローブ-1の結合部位を決定する因子なのです。なお、ゲノムDNA上のPAMと呼ばれる塩基配列(緑の部分 本研究で用いるStreptococcus pyogenes由来のCas9を改変したdCas9の場合はNGG)も、プローブ-1がゲノムDNAに結合する上で重要です。

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図3 複数のゲノム遺伝子(ASCL1とMYOD1を例に)の転写を光でコントロール。
ASCL1のガイドRNA(sgRNA)を導入すればASCL1のみの転写を光の照射で促すこと(最左列のカラム)、MYOD1のsgRNAを導入すればMYOD1のみの転写を促すことができます(左から2列目のカラム)。さらに、ASCL1のsgRNAとMYOD1のsgRNAを同時に導入して、光を照射すれば、ASCL1とMYOD1の転写を同時に促すことができます(左から3列目のカラム)。

 

 

 

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