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最終更新日:2024.05.01

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トピックス 2024.04.24

【研究成果】シベリア森林火災の大気質・気候・経済への包括的な影響を現在及び近未来気候条件の感度実験から初めて評価~森林火災による大気エアロゾルは気候、人の健康から経済にまで影響を与える~

2024年4月24日
北海道大学
東京大学
九州大学

発表のポイント

  • シベリア森林火災が増加すると火災発生源及び風下地域で冷却効果と大気質悪化をもたらす。
  • 近未来の気候下で、これら地域で火災の大気エアロゾル冷却効果が温暖化を抑制する可能性を示唆。
  • 森林火災の大気汚染微粒子は、PM2.5環境基準の達成率低下、早期死亡数増加、経済損失と密接に関連。

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大陸のシベリアのタイガ森林帯で大規模森林火災が発生して、煙と共に大気汚染微粒子(エアロゾル)が大量に大気中へ排出され、太陽光を反射している様子の概念図
(Open AIのDALL·EをGPT-4で使用して作成)

概要

 北海道大学北極域研究センター(広域複合災害研究センター兼務)の安成哲平准教授・ディスティングイッシュトリサーチャー、東京大学大学院総合文化研究科の成田大樹教授、九州大学応用力学研究所の竹村俊彦主幹教授、北海道大学大学院工学院修士課程の若林成人氏(研究当時)、千葉大学環境リモートセンシング研究センター(東京大学生産技術研究所兼務)の竹島滉特任研究員による研究グループは、シベリア森林火災が気候、大気質、経済に与える影響について、MIROC5気候モデルを用いて感度実験*1による現在及び近未来(2030年)の気候条件下*2で森林火災増加を仮定した全球感度数値シミュレーションを行い、その解析から包括的な評価を初めて行いました。

 シベリア森林火災の強度が強まり大気エアロゾルが増加した場合には、火災発生域から風下域で広範囲の冷却効果をもたらし、将来の温暖化時にはこれらの地域で温暖化を抑制するような効果も見られました。また、このシベリア森林火災強化による大気汚染増加は、あくまで数値モデルの感度実験としての影響規模の見積もりですが、中国や日本など東アジアの国々では、PM2.5増加により年間約数万人規模の早期死亡数増加が推定され、これらの経済的損失は貨幣換算するとそれぞれ約数百億米ドルにも上ることが分かりました。これは、シベリア森林火災の強度が弱かった2004年と比べ特に強かった2003年のさらに2倍の強度で起こった場合(いわゆる極端現象想定)の推定値です。また、現在の気候条件下では、シベリア森林火災による冷却効果が日本などの低緯度の国々に経済的利益を、ロシアなどの高緯度の国々には損失をもたらす可能性がある一方で、2030年の近未来の気候では、森林火災と温室効果ガスの影響が組み合わさり、低緯度では損失、高緯度では利益が生じる可能性も示唆されました。このことは、シベリア森林火災の煙が、地域に限らず、越境大気汚染として風下域など遠方にも広がりを見せ、広い範囲で人々の健康と経済に深刻な影響を及ぼしうる可能性と、森林火災はその影響も含め、発生地域のみならず地球規模での対策が必要であることを意味します。本研究は、現在温暖化が進行する中で、今後、森林火災から排出される大気汚染微粒子(エアロゾルやPM2.5)*3による気候・健康・経済への様々な影響について適応策を講じるための重要な基盤となるデータを提供します。

 なお、本研究成果は、日本時間2024年4月24日(水)公開のEarth's Future誌に掲載されました。


発表内容

〈背景〉

 地球上で発生する森林火災は大気汚染微粒子(エアロゾルやPM2.5)の排出を伴い、気候変動や人の健康へ与える影響、さらにはこれらに伴う経済的影響まで多岐にわたる影響が懸念されています。これまでの様々な研究による知見を踏まえると、森林火災は、大気中のエアロゾル濃度を高め、そのエアロゾルは気候システムに影響を与えるだけでなく、大気汚染として大気環境(大気質)の悪化を引き起こし、人々の健康に悪影響を及ぼしかねません。特にシベリア域は、広大であるため、火災を制御することが一般的に難しく、大量の大気汚染物質が排出されます。森林火災による越境大気汚染や高濃度PM2.5の観測も安成准教授の研究グループの過去の研究で報告されています(Yasunari et al., 2018, 2021, 2022)。また、最新のIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第6次報告書では、将来地球温暖化が進行した際には火災に関連する天気が増加するという報告もされています(IPCC, 2021)。しかし、シベリア森林火災とその大気汚染が、現在及び近い将来において具体的にどのような影響を大気質・気候・経済へ及ぼしているのか(及ぼすのか)、その全体像はこれまで明らかにされていませんでした。

〈研究手法〉

 本研究では、MIROC5と呼ばれる気候モデル(大気モデル及び大気海洋結合モデル設定)にSPRINTARS(大気エアロゾルを計算するモデル)を使用して、感度実験からシベリア森林火災増加が大気質、気候、経済に与える影響を包括的に評価しました。全球感度実験数値シミュレーションを通じて、現在及び近未来の気候条件下での火災によるエアロゾル増加の影響を分析しました。この気候モデルによる全球感度実験数値シミュレーション(将来予測ではなく感度としての計算)の結果を解析することにより、シベリア森林火災が増加した場合の地球を仮定し、その直接的な大気エアロゾルの増加により、地域的な気温や大気質にどのように影響するか、そしてこれらが経済へどう影響するのかを検証しました。本研究では、シベリア域の領域(70°E-140°E; 42.5°N-70°N)を定義し、その領域内の森林火災強度が弱い(2004年)、強い(2003年)、酷く強い(2003年の2倍)の三つの感度を設定しました。さらに、森林火災(バイオマス燃焼)による大気エアロゾル(黒色・有機炭素)及びエアロゾルの前駆物質(SO2)を排出し(領域外は2004年のバイオマス燃焼排出量で統一)、現在(主に2005年)及び近未来(2030年)の気候条件下で実験を行いました。

〈研究成果〉

 本研究では、シベリア森林火災が大気中のエアロゾル濃度を増加させた場合に、気候、大気質、そして経済に与える影響を包括的に評価しました。特に、MIROC5気候モデルを用いた全球感度実験シミュレーションにより、シベリア森林火災が北半球の広い地域で気温を下げる冷却効果を持つことが明らかにされました。現在の気候条件下では、この冷却効果は、シベリアだけでなく風下域から北米に至るまで特に北半球全体の広域にわたって見られ、平均気温の低下が確認されました(図1a、b)。2030年の温暖化想定時の気候条件下では、全球的には温暖化の影響が勝るものの、シベリアの火災発生域周辺地域では温暖化を抑制する効果も示唆されました(図1c-e)。

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図1.現在及び近未来(RCP2.6またはRCP8.5温暖化シナリオ)の気候条件下での定義されたシベリア域(図の長方形の領域)における森林火災が増加した場合の影響による高さ2mの平均気温変化。斜線エリアは、気温変化が統計的に95%の信頼度で有意な場所(左下の値とアスタリスクは、全球平均気温変化と99.9%の信頼度)。EXP0:基準実験(現在気候でシベリア森林火災強度弱い);EXP1:現在気候で森林火災強度強い(2003年設定);EXP2:EXP1の森林火災強度2倍;EXP3:近未来の弱い温暖化(RCP2.6)でEXP1と同じ森林火災強度;EXP4:EXP3と同じ温暖化設定でEXP2と同じ森林火災強度;EXP5:近未来の強い温暖化(RCP8.5)でEXP2と同じ森林火災強度。

 一方で、シベリアの森林火災は、大気エアロゾルを排出する(前駆物質も含む)ことから発生源付近及び風下地域である複数のロシア行政区や東アジアの国々において、PM2.5(人口データで重み付けしたPM2.5を使用)を増加させました。この結果、これらの地域では大気質が悪化し、世界保健機関(WHO)が定める最新のPM2.5の日平均環境基準値(15μg m-3: WHO, 2021)を超える日が増加し、環境基準達成率が減少することが示されました。このPM2.5濃度の増加は、森林火災が活発な春から夏にかけてより顕著になるため、これらの時期のみに注目すると、日平均環境基準の達成率はさらに減少することが分かりました。つまり、仮に今後シベリア域の森林火災が増加すれば、これらの地域で人々の健康に直接的な悪影響を及ぼす可能性があります。

 経済への影響についても、本研究では重要な発見がありました。本研究の気候モデル感度実験の設定の規模での森林火災に伴う大気質悪化による健康被害の増加(早期死亡者の増加)は、大きな経済的損失に相当することが推定されました。具体的には、現在の気候条件下でシベリアの火災によるPM2.5の増加は、例えば、中国や日本では、それぞれ年間約67,000人と約22,000人の死亡数増加が推定され、これらは約510億米ドルと約840億米ドルの経済的損失に相当することが分かりました(図2)。ただ、これらの数字は、あくまで我々の感度実験のモデル設定と仮定(その誤差も含む)の範囲において、現在の気候条件下で、シベリア域の森林火災の規模が小さかった2004年と比べ特に大きかった2003年の2倍の規模になった場合(いわゆる極端現象想定)の推定値であることに留意する必要があります(あくまで感度実験の結果としてこの程度の度合いの影響の可能性があり得るという見積もり;数字の値自体は相対的な比較に使える程度の信頼性です)。

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図2.現在の気候条件下でのシベリア森林火災強度増加(EXP2とEXP0の差)による大気汚染が 引き起こす死亡影響の見積もり。色の違いは増加したシベリア森林火災からのPM2.5による年間の死亡数変化の推定、円の大きさはその経済的費用(国や地域ごとの厚生の損失)を表す。

 また、気候条件とシベリア森林火災増加の複合的な影響については、現在の気候条件下では、シベリアの森林火災から生じる大気エアロゾルによる冷却効果が低緯度国(例えば中国、アメリカ、日本)に経済的利益をもたらす可能性があるのに対し、高緯度国(例えばロシアやカナダ)では経済的損失が生じることが示唆されました(図3上)。しかし、近未来の気候条件下(2030年)での予測では、シベリアの森林火災の影響とその他の温室効果ガスの組み合わせにより、低緯度の国々では経済的損失が、高緯度の国々では経済的利益がそれぞれ生じる可能性があることが分かりました(図3下)。これらの結果は、シベリアの森林火災が地球規模で異なる経済的影響をもたらす可能性があることを示しています。

 以上のことから、本研究は、シベリアの森林火災が地球規模で気候や大気質、また人の健康や経済にまで与える影響の包括的な理解を深めることに加え、これらの問題への対策を考える上で非常に重要な知見を提供します。森林火災によるエアロゾルの排出が、地球の気候システムにどのように影響を及ぼし、人々の健康や経済にどのような影響を与えるかを把握することは、今後の気候変動対策や公衆衛生の取り組みにおいて極めて重要です。

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図3.現在及び近未来の気候条件下でのシベリア森林火災増加が気候的影響を通じてもたらす国レベルの経済影響(GDP(国内総生産)への影響)。上の地図は現在気候下で森林火災強度が強い2003年強度の2倍になった時の大気エアロゾルの影響による経済的影響を示し(EXP2-EXP0)、下の地図は近未来(2030年)の強い温暖化(RCP8.5)かつ2003年強度の2倍の森林火災強度の条件下での大気エアロゾルの気候効果による経済的影響を示す(EXP5-EXP0)。青い円はプラスの影響、赤い円はマイナスの影響を表す。色の違いは各国GDPへの影響をパーセンテージで表したもの。

〈今後への期待〉

 本研究は、シベリアの森林火災の大気汚染微粒子(エアロゾル)がもたらす気候影響、大気質の悪化と健康への影響、経済への影響といった複数の側面において、もし森林火災が現在や近未来の気候条件下で規模が強まったらどうなるか、という感度的な観点からではありますが、重要かつ複合的な知見を初めて得ることができました。今後は、これらの影響をより詳細に理解し、森林火災が、今後増加した場合の効果的な対策を立てるための基礎データとして活用されることが期待されます。また、気候モデルの精度向上や、他の地域での類似した研究との比較を通じて、森林火災と気候変動の相互作用のより深い理解が進むことが期待されます。

〈森林火災に関連する研究成果〉

北海道大学プレスリリース「雪融けの早さが北海道に大気汚染をもたらす可能性を発見!-東ユーラ シアの早期雪融け・昇温・乾燥長期化が大規模森林火災の発生要因に-」
発表日:2018年4月26日
URL:https://www.hokudai.ac.jp/news/180426_pr.pdf

北海道大学・東京大学・三重大学共同プレスリリース「北極域の森林火災と西欧熱波を同時誘発させ うる気候パターンを初めて特定~北極域とその周辺で起こる夏季森林火災と熱波同時発生予測手法 の発展とその高精度化への期待~」
発表日:2021年5月18日
URL:https://www.hokudai.ac.jp/news/2021/05/post-843.html

北海道大学・名古屋大学共同プレスリリース「極寒の地域でも使用可能なPM2.5測定用の自動温度調 節断熱ボックスを開発~アラスカなどの北極圏から南極まで今後の測器展開と寒冷地PM2.5定常観測 の発展に期待~」
発表日:2022年3月11日
URL:https://www.hokudai.ac.jp/news/2022/03/pm25pm25.html

発表者・研究者等情報

北海道大学 北極域研究センター/広域複合災害研究センター
安成哲平

東京大学 大学院総合文化研究科
成田大樹

九州大学 応用力学研究所
竹村俊彦

北海道大学 大学院工学院
若林成人(研究当時)

千葉大学 環境リモートセンシング研究センター/東京大学 生産技術研究所
竹島 滉

論文情報

雑誌:Earth's Future
題名:Comprehensive Impact of Changing Siberian Wildfire Severities on Air Quality, Climate, and Economy: MIROC5 Global Climate Model's Sensitivity Assessments
DOI:10.1029/2023EF004129


謝辞

本研究は、北極研究加速プロジェクトArCSⅡ(JPMXD1420318865)、日本学術振興会科学研究費 補助金(JP17KT0066、19H01976、JP15H01728、JP19H05669、JP24K00711)の支援を受けて行われました。また、国立環境研究所のスーパーコンピューターシステム、環境省推進費(S-20(JPMEERF21S12010)、2-1803、2-2201)の支援を受けました。


用語解説

*1 感度実験
ある事象の影響を見るために、その対象とするものを変化させることで、その影響を 分析し理解しようとする実験。本研究では、気候モデルの全球数値シミュレーションにおいて、定義 されたシベリア域の森林火災による大気汚染排出量を現在と近未来の気候下で変化させ、その対象実 験と基準実験の比較を行うことで、シベリア森林火災が増加した場合の影響を議論している。

*2 現在及び近未来(2030年)の気候条件下
本研究では、シベリアの森林火災による大気汚染(大気エアロゾル)の影響評価を現在と近未来の気候条件下で分析するため、IPCC第5次評価報告書でも使用されているRCP(代表濃度経路シナリオ:Moss et al., 2010)による温室効果ガス濃度で温暖化度合い(気候条件)を設定した。論文では現在気候は、2005年のRCP、近未来は経済的な観点からも関心の高いパリ協定が終了する(目標が設定されている)2030年を選定し、最も低排出量のシナリオであるRCP2.6と最も高排出量のシナリオであるRCP8.5を設定した。

*3 大気汚染微粒子
大気エアロゾルやガスなどを大量に含む大気環境の状況の総称として、大気汚染と一般的に呼ぶが、その中で大気エアロゾル(大気中に浮遊する微粒子の総称)は、2.5μm以下のサイズに注目した場合には、健康影響の観点から指標として使われるPM2.5と呼ばれる。本研究では、森林火災から排出された大気汚染のうち大気エアロゾル(微粒子)(化学反応を通じてエアロゾルになる前段階のガス状の物質「前駆物質」も本研究では考慮)に注目し、さらにそのPM2.5にも注目することで健康影響評価について分析を行なっている。

―東京大学大学院総合文化研究科・教養学部 広報室―

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