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最終更新日:2017.04.14

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トピックス 2015.03.03

【研究発表】L-システインによる膵β細胞からのインスリン分泌攪乱機構の解明

1.発表者:

中津 大貴 (東京大学大学院 総合文化研究科 広域科学専攻 博士課程3年)
堀内 雄太 (東京大学大学院 総合文化研究科 広域科学専攻 博士課程1年)
加納 ふみ (東京大学大学院 総合文化研究科 広域科学専攻 助教)
野口  誉之  (東京大学大学院 総合文化研究科 広域科学専攻 修士課程2年)
菅原  太一 (東京大学大学院 総合文化研究科 広域科学専攻 博士課程3年)
高本 偉碩 (東京大学大学院 医学系研究科/医学部附属病院 糖尿病・代謝内科 特任講師)
窪田 直人 (東京大学大学院 医学系研究科/医学部附属病院 糖尿病・代謝内科 准教授)
門脇  孝   (東京大学大学院 医学系研究科/医学部附属病院 糖尿病・代謝内科 教授)
村田 昌之 (東京大学大学院 総合文化研究科 広域科学専攻 教授)

2.発表のポイント:

◆細胞外液中のL-システイン濃度増加による膵β細胞のインスリン分泌不全が、PKM2タンパク質(注1)の可逆的な機能阻害により起こっていることを発見しました。
◆この発見により、膵β細胞のインスリン分泌不全を伴う糖尿病発症者において、細胞外L-システインの除去やPKM2の機能回復によって症状を緩和できる可能性が示されました。
◆L-システインは色素沈着症や二日酔いの緩和を目的として幅広く服用されていますが、無計画な摂取が糖尿病の発症や悪化につながる可能性があることが示されました。

3.発表概要:

膵臓のβ細胞(膵β細胞)から分泌されるインスリンは、食後などに上昇した血液中のグルコース(ブドウ糖)濃度を下げる役割を果たしています。代表的な生活習慣病である2型糖尿病においては、このインスリン分泌機構に異常が生じることが発症や悪化の主要な原因の1つであると言われています。

2型糖尿病やその関連した疾患では、血液などの細胞外液においてアミノ酸の1種であるL-システインの濃度が長期的に上昇することが報告されていますが、そのL-システインの濃度上昇が2型糖尿病の主要な原因である膵β細胞のインスリン分泌不全にどのように関与しているか、明らかになっていませんでした。

今回、東京大学大学院総合文化研究科の村田昌之教授及び同大学大学院医学系研究科の門脇孝教授らのグループは、膵β細胞からの二相性のインスリン分泌(注2)が、細胞外液の長期的なL-システイン濃度の増加によって抑制されることを、マウスより単離した膵島と膵β細胞由来の培養細胞(MIN6細胞)を用いて明らかにしました。さらに、多量のL-システインが細胞内に取り込まれることで、PKM2タンパク質の四量体形成阻害による機能不全と、それに伴うグルコースからのピルビン酸(注3)やATP(注4)の産生阻害が引き起こされ、その結果としてインスリン分泌量が低下していることを発見しました。これにより、細胞外液の長期的なL-システイン濃度の増加が、膵β細胞のインスリン分泌不全を引き起こすことで、2型糖尿病の発症や悪化に関与する可能性が示されました。また、同グループは、このL-システインによる膵β細胞のインスリン分泌不全が可逆的であることも明らかにしました。

現在、色素沈着症や二日酔いの改善などを目的としたL-システインを含む多くのサプリメントが市場に出回っています。今回の同グループの研究結果は、PKM2を標的とした糖尿病予防薬・治療薬の開発や、L-システイン含有サプリメントの安全な使用のための指針づくりに貢献することが期待されます。

4.発表内容:

生体のエネルギー源であるグルコース(ブドウ糖)は、食事などによって体内に吸収された後、血液を介して全身へと運ばれます。食後には大量のグルコースが供給されて血液中のグルコース濃度(血糖値)も上昇しますが、高濃度のグルコースは生体に有害であるため、その濃度を一定範囲に保つ必要があります。血糖値の上昇を感知すると、膵臓のランゲルハンス島(膵島)内に存在するβ細胞(膵β細胞)は、ホルモンの一種であるインスリンを分泌します。グルコース濃度の上昇によって起こる膵β細胞からのインスリン分泌は「グルコース刺激依存的なインスリン分泌」と呼ばれ、その制御機構の攪乱は代表的な生活習慣病として知られる2型糖尿病の主原因の1つです。

生体に存在するアミノ酸の1つであるL-システインは、糖尿病や関連する疾患の発症や進行に伴って血液などの細胞外液中で濃度が上昇することが報告されています。しかし、細胞外液における長期的なL-システイン濃度の増加が、糖尿病やその原因となる膵β細胞からのインスリン分泌不全にどのように関係しているのか、その分子メカニズムについては明らかになっていませんでした。

今回、村田昌之教授らの研究グループは、一部の2型糖尿病の患者で報告されている血中濃度に近いL-システインを含む細胞外液を膵β細胞に長時間加えた時に、膵β細胞のグルコース刺激依存的なインスリン分泌にどのような影響があるかを、マウスより単離した膵島と膵β細胞由来の培養細胞(MIN6細胞)を用いて詳細に研究しました。そして、L-システインを添加した細胞外液で膵β細胞を長時間処理すると、L-システイン非添加の場合と比較して、インスリン分泌量が著しく低下することを明らかにしました。また、L-システイン添加により、グルコース刺激に伴い速やかに起こるインスリン分泌の第一相と、その後緩やかに続く第二相の双方が阻害されるという、糖尿病下での膵β細胞のインスリン分泌不全と同様の現象が起こることを発見しました。これにより、細胞外液中のL-システインの増加が、膵β細胞のインスリン分泌不全を介して糖尿病の発症や悪化に関与する可能性があることを示しました。

次に、同研究グループは、このL-システイン処理によってグルコース刺激後の細胞内のATP濃度の一時的な濃度上昇(この一時的ATP濃度上昇が正常なインスリン分泌に必須とされています)が見られなくなっていることを発見しました。その原因分子を探索する目的で、グルコースが細胞内で代謝されてATPへと変換される過程(解糖系やクエン酸回路などの代謝系)に着目し、長期的にL-システインで処理した細胞内で、これらの過程を構成する代謝物の量がどのように変化しているかについて、質量分析法(注5)を用いた網羅的な代謝産物分析を行いました。その結果、細胞外液のL-システインが細胞内のL-システイン濃度を上昇させるとともに、グルコース分解過程の最終産物であるピルビン酸とその先のクエン酸回路の代謝物量を減少させることを発見しました。これは、細胞内でピルビン酸を産生する酵素であるピルビン酸キナーゼがL-システインによって影響を受けていることを示唆します。本研究グループは続く実験によって、L-システインの長期添加により、細胞内のピルビン酸キナーゼの活性が低下してピルビン酸の産生量が落ちていること、および、その際に特に重要となるピルビン酸キナーゼがPKM2であることを突き止めました。興味深いことに、L-システインで長時間処理した細胞では、ピルビン酸キナーゼ活性を持つはずのPKM2の四量体がほとんど存在せず、むしろ不活性型である単量体や二量体へと変換されていることがわかりました。また、PKM2の特異的な活性化剤(DASA-10)を細胞に添加することで、L-システイン存在下であっても、PKM2が四量体を形成して活性を回復することや、そのPKM2の活性回復に伴い、グルコース刺激依存的なATP産生や二相性のインスリン分泌も回復することがわかりました。以上の実験により、L-システインがPKM2の四量体形成阻害による活性抑制を介してインスリン分泌を抑制していることが確認されました。このDASA-10によるインスリン分泌の回復は、MIN6細胞においてだけでなく、マウスより単離した膵島を用いた実験においても確認することができました。また、ピルビン酸キナーゼ活性、ATP産生及びインスリン分泌の回復は、L-システインを長時間添加した後に細胞外のL-システインを洗い流すことで、1時間半程度で回復することも確認できました。つまり、L-システインがPKM2を介して膵β細胞のインスリン分泌を制御する機構は可逆的であることが示されました。

これらの結果より、L-システインが膵β細胞のインスリン分泌の単純な阻害因子ではなく、生体内におけるインスリン分泌の調節に関与する新規の制御因子であることが明らかになりました。この研究の成果は、PKM2を標的とした糖尿病予防薬・治療薬の開発や、L-システイン含有サプリメントの安全な使用のための指針づくりに貢献することが期待されます。

5.発表雑誌:

雑誌名:「米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America)」(オンライン版:2月23日(米国東部時間))
論文タイトル:L-cysteine reversibly inhibits glucose-induced biphasic insulin secretion and ATP production by inactivating PKM2
著者:Daiki Nakatsu, Yuta Horiuchi, Fumi Kano, Yoshiyuki Noguchi, Taichi Sugawara, Iseki Takamoto, Naoto Kubota, Takashi Kadowaki, and Masayuki Murata*
DOI番号:10.1073/pnas.1417197112
アブストラクトURL:http://www.pnas.org/content/early/2015/02/18/1417197112.abstract

6.問い合わせ先:

東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻 教授
村田 昌之(むらた まさゆき)
Tel:03-5465-7625   Fax:03-5454-6360
Email:mmurata[at mark]bio.c.u-tokyo.ac.jp
ホームページ:http://muratalab.c.u-tokyo.ac.jp/
※メールアドレスの[at mark]は@に置き換えて下さい。

7.用語解説:

(注1)PKM2タンパク質
ホスホエノールピルビン酸をピルビン酸に変換する酵素であるピルビン酸キナーゼの1つです。PKM2タンパク質は四量体を形成することで、活性状態になることが報告されています。

(注2)二相性インスリン分泌
膵島や膵β細胞由来の培養細胞を高濃度のグルコースで刺激すると、短時間かつ多量のインスリン分泌(第1相)と、それに続く、少量の長時間続くインスリン分泌(第2相)が認められます。2型糖尿病においては、この二相性のインスリン分泌が消失することが報告されています。

(注3)ピルビン酸
グルコースの代謝によって産生される化合物で、細胞内で更に様々な化合物へと変換されて多くの代謝反応に利用されます。本研究においては、特にATPへと変換される過程に着目しました。

(注4)ATP
細胞のエネルギー源となる代謝物質であり、細胞内では、グルコースなどを代謝することで生成され、細胞内の様々な反応において使用されます。膵β細胞においては、グルコース刺激によるインスリン分泌反応で非常に重要な役割を果たすことが報告されています。

(注5)質量分析法
サンプルに含まれるアミノ酸や糖類などの代謝物の量を網羅的かつ定量的に測定する手法です。本研究では、高感度かつ網羅的に代謝物の絶対量を測定できる技術を有する、ヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ社に委託して解析を行いました。

8.添付資料:

20150303topics-m-f1.png
    図 本研究により得られた、L-システインによるPKM2活性抑制を介したインスリン分泌制御機構のモデル図。

細胞外のL-システイン濃度が低い時には、細胞内のPKM2が四量体を形成して活性型となっており、グルコース刺激に応じてATPが産生され、インスリン分泌を生じる(左)。

一方、細胞外のL-システイン濃度が高くなると、細胞へと取り込まれたL-システインによって細胞内のPKM2四量体が減ってしまう。不活性型の単量体や二量体はピルビン酸キナーゼ活性を持たないため、グルコースが細胞内に取り込まれても十分なATP産生ができず、結果としてインスリン分泌が阻害される(右)。

このL-システインによる活性抑制機構は可逆的であり、L-システインによる活性抑制がされていても、細胞外L-システイン濃度の低下や細胞内PKM2の活性化によってインスリン分泌が回復する。

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