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最終更新日:2024.03.26

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トピックス 2015.08.13

【研究発表】反陽子と陽子の質量電荷比の測定による世界最高精度の CPT 対称性の検証に成功

1.発表者:

松田 恭幸(東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻 准教授)
Stefan Ulmer(理化学研究所 Ulmer 国際主幹研究ユニット 国際主幹研究員)
山崎 泰規(理化学研究所 原子物理特別研究ユニット ユニットリーダー)
Klaus Blaum(マックスプランク原子核物理研究所 主任研究員)
Jochen Walz(マインツ大学 教授)
Wolfgang Quint(ドイツ重イオン研究所 研究員)

2.発表のポイント:

◆ ペニングトラップ(注1)内に一個だけトラップされた荷電粒子の運動を超高精度で測定する手法の開発に成功しました。
◆ 反陽子(注2)と陽子の質量電荷比を世界最高精度で測定し、CPT 対称性をおよそ 7x10-11 (一千億分の七)の精度で確かめました。
◆ 反陽子と陽子に働く地球の重力がおよそ 9x10-11 (一千万分の九)の精度で一致していることを示しました。

3.発表概要:

物理法則が持っていると思われている基本的な対称性の一つに、CPT 対称性があります。これは電荷、空間、時間の反転を同時に起こしても物理法則は変わらない、というもので、粒子と反粒子の質量、電荷、磁気モーメントなどの物理量(の絶対値)が等しいことを予言します。この CPT対称性の研究は、なぜ私たちの宇宙は反粒子の数が少なく粒子が多い物質優勢宇宙なのか、時空はどこまで等方的なのか、など多くの謎につながる基礎物理学上の重要な課題です。

東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻の松田恭幸准教授、理化学研究所Ulmer 国際主幹研究ユニットの Stefan Ulmer 国際主幹研究員、理化学研究所原子物理特別研究ユニットの山崎泰規ユニットリーダーらからなるBASE 国際共同研究グループは、ペニングトラップ内に一個だけトラップされた荷電粒子のサイクロトロン運動(注3)を超高精度で測定する手法を開発し、この手法を用いて反陽子と陽子の質量と電荷の比(質量電荷比)が一致していることを 7x10-11 という精度で確かめることに成功しました。これは陽子と反陽子を用いた CPT 対称性の検証における世界最高精度の測定結果です。また、この結果から反粒子と粒子の間に働く重力(本研究では反陽子と地球の間に働く重力)と粒子と粒子の間に働く重力(本研究では陽子と地球の間に働く重力)との違いは 8.7x10-7 以下であることを示しました。これは反粒子に対する弱い等価原理の破れについて厳しい制限を与えるものです。

現在、研究グループはペニングトラップ内の一個の荷電粒子のラーマ―歳差運動(注4)の周波数を精密に測定するための装置開発を進めており、これを用いて反陽子の磁気モーメントの値をこれまでより3桁高い精度で測定する準備を進めています。今後、反陽子と陽子を用いた CPT 対称性の検証を、質量電荷比と磁気モーメントの二つの観点からさらに進めていく予定です。

4.発表内容:

[研究の背景]

電荷、空間、時間の反転を同時に行ったとき物理法則は変わらない、という CPT 対称性は、素粒子の標準模型(注5)が持っているもっとも基本的な対称性の一つです。この CPT 対称性は粒子と反粒子の質量、電荷、磁気モーメントなどの基本的な物理量(の絶対値)が等しいことを予言します。また、この CPT 対称性はローレンツ不変性、すなわち、物理法則は4次元時空の”回転”に対して不変であるという対称性とも深いかかわりがあります。
一方、標準模型によると、私たちの宇宙はビックバンによって生まれたとき、等量の粒子と反粒子を含んでいたと考えられています。しかし、現在の宇宙は「物質優勢」な宇宙であり、反粒子はほとんど存在していません。CPT 対称性やローレンツ不変性の研究はこの謎を解き明かす手がかりを与えると期待され、これまでにもさまざまな検証が行われ、現在も試みられています。

東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻の松田恭幸准教授、長濱弘季大学院生、樋口嵩大学院生、理化学研究所Ulmer 国際主幹研究ユニットの Stefan Ulmer 国際主幹研究員、理化学研究所原子物理特別研究ユニットの山崎泰規ユニットリーダー、マックスプランク原子核物理研究所の Klaus Blaum 主任研究員、マインツ大学の Jochen Walz 教授、ドイツ重イオン研究所の Wolfgang Quint 研究員らからなる BASE 国際共同研究グループは、反陽子と陽子の磁気モーメントと質量電荷比に注目し、これらの物理量の精密測定とそれによる CPT 対称性の検証を目指して、2013年から欧州原子核研究機構(CERN)の反陽子減速器(AD)施設において研究を進めてきました。

[研究手法と成果]

今回の研究で用いられた実験装置は、複数のペニングトラップが組み合わせれており、その中の測定用トラップを構成する電極には超伝導体を用いた共鳴コイルと低ノイズのアンプからなる超高感度の電流測定装置が取り付けられています(図1)。この装置全体は 一様な1.946T を生成する超伝導磁石のボア中に設置され、4K にまで冷却されます。測定用トラップ内で荷電粒子は磁場からの力を受けてサイクロトロン運動をしますが、その際に荷電粒子の運動によって電極に誘起されるわずかな電流を超高感度の電流測定装置で検出し、その振動数を測定することで荷電粒子の質量電荷比を決定することができます。

実験では、まず、図の一番右側にある反陽子、水素イオン蓄積トラップに一旦反陽子と水素イオン(H-)をため込みます。次に測定用トラップの左側にある反陽子待機トラップに反陽子を1個、右側にある水素イオン待機トラップに水素イオンを1個、輸送します。その後、反陽子と水素イオンを測定用トラップの中央部の同じ場所に交互に移動させて粒子の振動数を測定し、それぞれのサイクロトロン周波数を決定しました。この方法により、従来の 70分の1の時間での超高精度測定を実現すると同時に、輸送と測定を反陽子減速器の運転に同期させて行うことにより、系統誤差の小さいデータを得ることができました。

測定結果から、反陽子と陽子の質量電荷比が 6.9x10-11 という高い精度で一致していることが明らかになりました。これは陽子と反陽子に対するCPT 対称性の検証として世界最高精度の結果です。さらに、この結果から反粒子と粒子の間に働く重力(本研究では反陽子と地球の間に働く重力)と粒子と粒子の間に働く重力(本研究では陽子と地球の間に働く重力)も 8.7x10-7 というこれまでにない精度で互いに一致していることも示しました。これは反粒子に対する弱い等価原理の破れについて厳しい制限を与えるものです。また、この実験装置は地球の自転とともに宇宙の中でその向きを変化させます。今回、測定が迅速化されたことによって、陽子と反陽子の質量電荷比が装置の向きによって変化するかどうか、すなわち、宇宙の等方性(ローレンツ不変性)を実験的に確かめることも可能になりました。その結果、装置の向きによる変化は7.2x10-10以下であることも明らかになりました。

[今後]

今回の研究の過程において、実験装置を構成するペニングトラップの中から荷電粒子を一個だけ取り出す手法、取り出した荷電粒子を別のペニングトラップへ高速に輸送する手法等も確立することにも成功しました。研究グループは、これらの手法をさらに高度化しつつ、ペニングトラップ内の一個の荷電粒子のラーマ―歳差運動の周波数を精密に測定するための装置開発を進めており、また、ペニングトラップ内の磁場変動をさらに低減させるための装置改良も行っています。近い将来に反陽子と陽子の質量電荷比の測定精度をさらにあと1桁向上させ、新たに反陽子の磁気モーメントの値を従来の研究より3桁高い精度で測定できると期待されます。今後、反陽子と陽子を用いた CPT 対称性の検証を、質量電荷比と磁気モーメントの二つの観点からさらに進めていきたいと考えています。

本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金 特別推進研究「反水素の超微細遷移と反陽子の磁気モーメント」(24000008)の助成を受けています。

5.発表雑誌:

雑誌名:「Nature」(オンライン版公開日:2015年8月13日)
論文タイトル:High-Precision Comparison of the Antiproton-to-Proton Charge-to-Mass Ratio
著者名:S. Ulmer, C. Smorra, A. Mooser, K. Franke, H. Nagahama, G. Schneider,
T. Higuchi, S. Van Gorp, K. Blaum, Y. Matsuda, W. Quint, J.Walz, Y. Yamazaki
DOI番号: 10.1038/nature14861
URL: http://dx.doi.org/10.1038/nature14861

6.問い合わせ先:

東京大学大学院総合文化研究科
准教授 松田 恭幸(まつだ やすゆき)
Tel: 03-5454-6514
E-mail: matsuday@phys.c.u-tokyo.ac.jp

7.用語解説

(注1)ペニングトラップ
静磁場と四重極静電場を用いて荷電粒子を空間的に閉じ込める装置。開発者のハンス・デーメルトはこの功績によって1989年にノーベル物理学賞を受賞した。今回の実験で用いたペニングトラップでは四重極静電場を生成するために同軸上に並べられた5つの円筒型電極を用いている。

(注2)反陽子
陽子の反粒子。(CPT 対称性が成り立っていれば)、質量、スピンは陽子と同じ値を持つが、電荷及び磁気モーメントは逆符号になる。

(注3)サイクロトロン運動
磁場中では荷電粒子は進行方向に垂直方向にローレンツ力を受けるため、一様な磁場に対して垂直に打ち込まれた荷電粒子は磁場に垂直な平面内で円運動する。この運動をサイクロトロン運動といい、その周波数をサイクロトロン周波数とよぶ。サイクロトロン周波数は粒子の電荷の大きさに比例し、質量に反比例する。

(注4)ラーマ―歳差運動
磁場中に置かれた粒子の磁気モーメントの向きは円を描くように振れる(歳差運動)。この運動をラーマ―歳差運動といい、その周波数をラーマ―周波数とよぶ。ラーマ―周波数は粒子の電荷の大きさと磁気モーメントの大きさに比例し、質量に反比例する。

(注5)標準模型
自然界で知られている4つの相互作用のうち、重力相互作用を除く、電磁相互作用、弱い相互作用、強い相互作用の3つの相互作用を記述する理論。

8.添付資料

図1 測定に用いた実験装置の概略図。

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