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2025.08.08
【研究成果】含フッ素化合物の分岐型合成法の開発 化合物ライブラリー構築の効率化、医薬品探索に大きく貢献
2025年8月8日
名古屋大学
東京大学大学院総合文化研究科
本研究のポイント
- 同一の原料からフッ素置換基の位置が異なる異性体(位置異性体注1))の作り分けに成功。
- フッ素置換基は医薬品に多く含まれており、創薬への貢献が期待される。
- 計算化学を利用して、位置異性体を作り分ける機構を解明。
研究概要
名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所・大学院工学研究科の大井 貴史 教授、荒巻 吉孝 助教、Tobias E. Schirmer(トビアス シルマー) 博士 (研究当時博士研究員)、内田 裕貴 氏 (研究当時 博士後期課程学生)、田浦 悠也 氏 (研究当時 博士前期課程学生)、Pablo Gabriel(パブロ ガブリエル)博士(研究当時博士研究員)、ドイツ・ミュンスター大学のLine Næsborg (リネ ネスボーグ)グループリーダー、Julian C. G. Kürschner(ユリアン キュルシュナー) 氏、 東京大学大学院総合文化研究科の横川 大輔 准教授らの研究グループは、可視光を吸収して働く光触媒を用いる反応に着目し、医薬品開発において重要なフッ素置換基をもつ化合物(含フッ素化合物)の2種類の位置異性体を同じ原料から作り分ける手法を開発しました。
フッ素置換基は化合物の脂溶性や代謝耐性を向上させる効果があるため数多くの医薬品に含まれていますが、その効果を最大化する上で最適な導入位置の決定は、異なる位置にフッ素置換基をもつ多くの化合物からなるライブラリーの構築と、それを利用したスクリーニングに依存しています。
従来、このようなライブラリーの構築では、フッ素置換基を望みの位置に導入するためには必要な原料をそれぞれ合成しなければならず、多大な労力と時間を要していました。本手法によって、光触媒として用いたカチオン性イリジウム錯体の対イオンと反応溶媒を適切に選択することで、フッ素置換基の導入位置が異なる位置異性体を作り分けることができるようになりました。また、本手法はライブラリー構築の効率を飛躍的に高め、医薬品の迅速な探索に大きく貢献するものと期待されます。また計算化学を駆使して、位置異性体の作り分けの機構についても明らかにしており、今後、新反応の開発につながる成果であると言えます。
本研究成果は、2025年6月12日付ドイツ化学会誌『Angewandte Chemie, International Edition』に掲載されました。
研究背景と内容
一つの炭素上に二つのフッ素原子をもつgem-ジフルオロメチル基のようなフッ素置換基の導入によって分子の脂溶性や代謝安定性が向上することから、多くの医薬品や農薬にフッ素置換基が含まれています。フッ素置換基の種類だけでなく、その導入位置も医薬品の薬効に大きく影響を与えますが、薬効を最大化する上で最適な導入位置を事前に正確に予測することは困難です。そのため、多くの場合、導入位置の異なる複数の分子をそれぞれ合成して生物活性を調べる地道なスクリーニングにより最適な導入位置が決定されます。しかし、このような同一の置換基をもちながらもその導入位置が異なる複数の化合物(位置異性体)を準備するためには対応する原料からそれぞれ別々に合成しなければならず、多大な労力と時間がかかります。したがって、同一の原料から異なる位置異性体を作り分けることができれば、医薬品の元となる化合物(リード化合物)注2)の探索をより効率的に行うことができます (図1)。

今回本研究グループは、可視光のエネルギーによって働くカチオン性のイリジウム錯体を光触媒として用いたgem-ジフルオロシクロプロピルウレアとオレフィンとの環化反応において、イリジウム錯体の対イオンと反応溶媒を適切に選択することで、gem-ジフルオロメチル基の導入位置だけが異なる2種類の異性体を同一の原料から作り分ける、位置異性体分岐型合成を実現しました (図2)。この手法では、オレフィンの代わりにビシクロブタン(BCB)を原料として用いれば、より複雑な3次元構造を有する含フッ素ビシクロヘプタンの位置異性体を作り分けることもできます。また、生成物のウレア置換基の加水分解により相当するアンモニウム塩が容易に得られ、その後アミドや芳香族アミン注3)などの窒素化合物へと変換できることも示されています。このように、同一の原料からフッ素置換基の位置が異なる生成物とそれらの誘導体を簡便に合成することができ、フッ素を含む化合物ライブラリー注4)の効率的な拡張が可能になります。また、優先的に生成する位置異性体が分岐するのは、カチオン性の光触媒が有する対イオンの種類に応じて反応性の高い中間体が切り替わるためであることを計算化学によって明らかにしました。この知見は、今後新反応の開発において重要になるものと考えられます。

成果の意義
本研究では、フッ素置換基をもつ化合物の位置異性体分岐型合成を達成しました。含フッ素化合物は医薬品に多くみられる化合物群であることから、本手法はリード化合物のライブラリー構築の効率を格段に高め、医薬品の迅速な探索に大きく貢献するものと期待されます。
本研究は、主に日本学術振興会 科学研究費助成事業(学術変革領域A)『炭素資源変換を革新するグリーン触媒科学』、(2023~2027年度)および(国際協働研究加速基金)『動的元素効果デザインによる未踏分子機能の探求』(2022~2029年度)の支援のもとで行われたものです。
用語説明
注1)位置異性体:
化学式と置換基の種類は同じだが、置換基の位置が異なる関係にある化合物。
注2)リード化合物:
小分子医薬品の開発に向けた出発点となる化合物。リード化合物にさらなる構造修飾を施し、再びスクリーニングを行うことで医薬品が開発される。
注3)芳香族アミン:
ベンゼンなどの芳香環に直接アミノ基が結合した化合物群。医薬品に多く含まれている重要な構造の一つ。
注4)化合物ライブラリー:
多くの化合物を集めて保管している化合物の図書館(ライブラリー)。このライブラリーにある化合物の生物活性を網羅的に調べ、目的とする薬効が最も高い化合物を探索することにより、医薬品の候補化合物が見つけ出される。
論文情報
雑誌名:Angewandte Chemie, International Edition
題名:Regiodivergent Photocatalytic Annulation for the Synthesis of gem-Difluorinated Cyclic Hydrocarbons
著者名:Tobias E. Schirmer, Julian C. G. Kürschner, Yuki Uchida, Yuya Taura, Pablo Gabriel, Line Næsborg, Daisuke Yokogawa, Yoshitaka Aramaki, Takashi Ooi*
(トビアス シルマー、ユリアン キュルシュナー、内田 裕貴、田浦 悠也、パブロ ガブリエル、リネ ネスボーグ、横川 大輔、荒巻 吉孝、大井 貴史* *は責任著者)
DOI:10.1002/anie.202502450
URL:https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/anie.202502450