HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報528号(2010年4月 7日)

教養学部報

第528号 外部公開

「正解」に囚われない知性を

濱田純一

A-1-1.jpg東京大学に入学なさった皆さんに、東京大学の教職員を代表して、心からお祝いを申し上げます。これ から皆さんは、これまでの高校生活や受験勉強の時期とはまた違った、新しい発見と創造の喜びに満ちた知の世界で学びを始めることになります。こうした新し い環境の中で、皆さんが、実り豊かな学生生活を送っていかれることを期待しています。

その学生生活の中で、皆さんには何よりも、「学問をする」ということの新鮮さと感動を味わってもらいたいと思っています。受験勉強では、普通はいつも 「正解」というものがあります。皆さんは、その正解を求めて、それに少しでも早く、上手に到達できるように、努力してきたと思います。

大学での「学問」の世界でももちろん正解が求められます。ただ、同時に、「正解」が複数ある問題、「正解」に容易には到達できない問題、さらには「正 解」のない問題というか、「正解」という観念がそもそもないような問題も少なくないというのが、「学問」の難しいところであり、また面白いところです。皆 さんがこれから出会うのは、そのような世界です。正解をすぐに見つける必要は必ずしもありません。正解がすぐに見つからなくても、何らかの答えを一所懸命 見つけ出そうとする過程で、皆さんは、課題に立ち向かう時の、必ずしも一つではない、さまざまな学問の切り口と知的格闘の方法を学んでいくことになるはず です。そうした過程それ自体が、「学問」を皆さんの知恵なり知識として血肉化していくために必要なことなのです。

これから皆さんが行おうとする学問の世界、さらに言えば、やがて皆さんが大学を卒業して入っていく社会は、このように「正解」のない問題への取組みを迫 られることが少なからずあります。とりわけ、いまの時代というものが大きな変化にさらされ、次の着地点を一生懸命探し求めている状況にあります。そういう 時代には、すでにある「正解」を求めるのではなく、「正解」を新しく生み出していく姿勢が求められます。

この四月から、東京大学では、「FOREST2015」という行動シナリオが動き出しています。これは、二〇一五年三月に至る私の任期中に、どのような 東京大学のあり方を目指し何を行おうとしているのかを示すために作成したものです。東京大学という存在は、国民から委ねられた知の資源を最大限に活用し、 社会の幅広い人々と手を携えながら未来の社会に対する公共的な責任を担っていく役割を期待されています。そうした自覚を背景として記述されている、この行 動シナリオ冒頭の文章を、少し長くなりますが引用しておきます。

「二一世紀という新たな時代の輪郭が次第に形作られつつあります。グローバル化が進む中で、民族紛争やテロ事件の頻発、経済格差の拡大、地球温暖化な ど、安全や豊かさへの脅威が増大する一方、文化、環境、医療、食糧など多くの領域で、国際的な視野と協調のもとに持続可能な人類社会を形成していこうとす る動きが急速に強まっています。未来を見通しにくい不確実性の下、社会の安定的な発展と成熟をいかに実現していくかということが、時代の課題です。

こうした時代は、大学の存在意義と社会的責任が試される時でもあります。近年の地球的な規模での危機は、それを克服するための科学・技術や思想など、知 が有する公共的な役割への関心を高めました。大学こそ、このような知の公共性のもっとも重要な担い手であり、知の創造すなわち『研究』と、知の批判的継承 にもとづく人の育成すなわち『教育』とを通じて、より豊かで安定した社会の構築のために果たすべき大学の役割が、ますます重要なものとなっています。

その憲章において、東京大学が『世界的な水準での学問研究の牽引力』であるとともに『公正な社会の実現、科学・技術の進歩と文化の創造に貢献する、世界 的視野をもった市民的エリートが育つ場であることをあらためて目指す』と掲げた理念は、今日においてこそ試されています。」

この文章は、東京大学の役割について述べたものですが、これは当然に、東京大学の学生であり、また卒業生ともなっていく、皆さん個々人に対する役割の期 待でもあります。ここで述べているように、いまは、「未来を見通しにくい不確実性」の高い時代ですが、それは別の言い方をすれば、皆さん自身が主体的に次 の時代を創っていくチャンスでもあるということです。東京大学は、その研究を通じて次の時代を作っていくとともに、皆さんへの教育を通じて、次の時代を担 う人材を育てていきたいと考えています。しっかりした教養や専門知識の涵養にくわえて討議力の養成や国際化への対応などを積極的に行おうとしているのもそ のあらわれです。そうした環境を皆さんが十分に活用してくれることを願っています。

(総長)

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