HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報528号(2010年4月 7日)

教養学部報

第528号 外部公開

駒場でしてもらいたくないこと、してもらいたいこと

山影進

A-1-2.jpg私が皆さんの年頃だったときは、若い世代の既存の社会秩序に対する反発・抗議が流行った時代で、この教養学部の学生も無期限ストに入りました。授業を受 ける権利の放棄なのでストと呼ぶのは変ですが、ともかくそういう言い習わしでした。今の駒場キャンパスからは想像できない荒れ方でした。教員と学生の関係 も学生どうしの関係も荒れていましたが、建物の外も内も荒れていました。その当時の学部長は大変だっただろうなあと、同情の念が湧いてきます。みなさんは 決してそのようなわけのわからないことはしない、と信じています。とくにキャンパスを汚すようなことはしないでくださいね。

ストやバリケード封鎖が大学だけでなく高校でも起こりました。昔は高校生も元気だったんですね。私が卒業した高校でもまもなくストが起きました。それに参加した後輩が最近テレビで語ったところによると(その人物は当時から学校内で有名でしたが、その後超 有名になりました。)、人間が人間を評価できるのか、と試験廃止・成績表廃止を要求したのだそうですが、先生の対応がとても真摯で、実り多い時期だったと いう記憶が残っているそうです。(立派な先生が私の母校にいたんだなあ。)  人間が人間を評価できるのか、というのは根源的な問いです。(ませた高校生たちですね。)あなたの答えはイエスでしょうか。それともノーでしょうか。私 自身、確たる答えは持っていません。試験を含めていろいろな評価を行ってきましたが、はっきり言えるのは、それは人間を評価してきたのではないということ です。

みなさんは東大入試という関門を無事通過してきたのですから、高い評価を受けたわけです。それを否定したりはしませんよね。私も否定しません。しかし評 価されたのは人間としてのみなさんではありません。限られた教科の限られた範囲についての能力が評価の対象です。今まで受けてきた評価も、そしてこれから 受ける評価も、限られた分野・範囲についてだけです。将来、他人を評価する立場に身を置くこともあるでしょう。その際、人間のごく限られた部分しか評価の 対象にならないことを忘れないで下さい。

東大生になったことに誇りを持つことは大いに結構です。しかし東大合格という評価は、あなたという人間の評価ではありません。謙虚な気持ちを持って、ま ともな大人に、そして日本を代表する市民に成長するように心がけてください。東京大学が教養教育(リベラルアーツ教育)を重視しているということは、社会 に巣立っていくときのみなさんが学業成績の優秀さしか取り柄のない人間であってはならないという決意の表れであると言い換えても良いでしょう。与えられた 課題に、より短時間に、より正確な解答を出す能力以外の能力を培ってもらいたいのです。

濱田純一総長の下で東京大学は「タフな東大生」の育成をめざしています。東大に入学した学生全員が所属することになる教養学部は、インキュベータの役割 を果たしていきます。従来から教養学部は、東京大学でのリベラルアーツ教育の責任母体として、全国の大学のモデルとなるような教養教育を、技法と内容の両 面で、開発してきました。今年度からは、とくに高度化と国際化をめざすことになりました。みなさんは、こうしたさまざまな新しい取組の受益者であると同時 に実験台にもなってもらいます。タフな授業も待ち構えています。  教養学部のある駒場キャンパスは、みなさんを学力だけでなくそれ以外の能力も磨くための場として年々すばらしくなっています。四〇年前はもちろんのこ と、五年前と比べても見違えるほどの変貌を遂げています。キャンパス東側には、使い勝手の良い図書館や、学生の課外活動をサポートするさまざまな施設が整 備されました。キャンパスの西側には、人工芝のグラウンドが二面できました。一年後には、教養学部のさまざまな「思い」が詰め込まれた「理想の教育棟」の 第1期棟が完成する予定です。このような施設を大いに活用して、生涯の友人を作り、仲間と切磋琢磨してください。

冒頭で触れた時代に「戦争を知らない子供たち」という歌が流行ったことがあります。「戦争」というのは第二次世界大戦のことで、「子供たち」は今では六 〇歳代前半です。みなさんは、第二次世界大戦後まもなく始まり、四〇年以上も続いた冷戦を知らない世代ですね。「戦後」という言葉の意味内容もみなさんと わたしとでは違うでしょう。ちなみに歌自体は、戦後苦労してきた親の世代が自分たちを批判することに対して反発する内容です。作詞した人は医者になり、今 は九州大学の教授です。

ところで十二月八日は何の日でしょう。私が思い浮かべるのは「真珠湾」です。以前学生に質問したところ、ジョン・レノンが暗殺された日という答えが大多 数でした(正確にはニューヨーク時間なのですが)。このような世代間の認識ギャップは、「ドッグイヤー化」の時代にあって、ますます大きくなるだけでな く、「世代」として括れる期間自体がますます短くなっていくにちがいありません。できあいの教養を受け入れるのではなく、みなさん自身が、自分にとっての 教養とは何かを模索する必要もあります。

変化が速くなる時代にあって、将来の不確実性はますます大きくなります。正解の見えない将来の課題に対して、自分ひとりだけでなく社会として取り組むた めの知恵を、これから身につけて下さい。まもなく、みなさんは自分の決定と行為に責任を取る(取らされる)成人になるのです。駒場キャンパスでこれから過 ごす二年間(教養学部後期課程に進学すれば四年間)を有意義に過ごして下さい。

(教養学部長/国際関係)

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