HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報531号(2010年7月 7日)

教養学部報

第531号 外部公開

若者よ球速を高めよ

渡會公治

球速を高めるためには何が必要か? 五年間やってきた自由研究ゼミナール「球速を10km/h高めるゼミ」の最終レポートの課題である。学生の答えから代表的なものを紹介していこう。球速、手の位置、投射角度、ステップ幅、着足接地様式、体幹、股関節、膝屈曲角度

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図1.高速度撮影した投球動作のリリースポイント画像から分かること
球速、手の位置、投射角度、ステップ幅、着足接地様式、体幹、股関節、膝屈曲角度

■ボール初速度(km/h)=ボールリリース直後から3フレーム分のボール移動距離(A)÷所要時間
■ボールリリース位置(身長比%)
=軸足爪先を通過する垂線(V1)からボールリリース位置までの直線距離(B)÷身長×100
■ボール投射角度(°)=垂線(V2)に対するボールの投射角度(C)
■ステップ幅(身長比%)=軸足爪先から着足踵までの直線距離(D)÷身長×100
■着足接地開始部位=Heelからか? or Flatか? or Toeからか?

「一番肝心で全てを超越しうるものが、投げる際の体の使い方であろう。このゼミで教わったスカプラプレーンで投げることや下半身の着地のしかたもその一 部分である。あと大切なのはコアの使い方などであろう」 「一番大事な筋力は足回りの筋力だと感じた。足を上げる時は片足で体を支える必要があるし、そこからボールを投げるための推進力のタメを作って一気に左足 に体重を乗せてボールに力を伝えるためにも必要だ。左足の着地時にぶれないのも重要。また単に足の力といっても大腿筋やふくらはぎの力だけでなく、股関節 の強さが大切だと感じた。球を投げるというのは単に腕を振って投げるのではなく、体全体でするものであり、その際股関節の内旋により体全体を回旋させる。 この力が強ければそれだけ球に力が加えられると思う」 「肩は回すのではなくスカプラプレーンで腕を伸ばすということだ。これを意識することによって体の回旋が自然とできいい投球フォームになる。スカプラプ レーンで肩甲骨を動かすことによって肘や肩に無理な力が加わらず故障も減るのだと思う。実際意識し始めるようになってから肘の痛みが消えた」 「球速ゼミを通して自分が球速アップに最も必要だと痛感したのはやはり筋力でした。もちろんフォームの改善も必要であり、有効であるとは思いますが、それ はあくまで今の筋力を最大に生かすための手段であり、そもそもの土台である筋力が不十分な状態では大きな効果は見込めないのだと思います。実際に筋力ト レーニングが球速アップに貢献した」 「筋力、技術、感覚この三つが僕の考える投擲三要素だと思われる。もともと投球動作自体が下手な人にとっては技術や感覚が制限要素であり、逆に経験豊富で ある程度の感覚の持ち主であれば筋力が制限要素であり、それに基づく技術を習得する必要がある」 「自分の思ったとおり完全に体を動かすことはとても難しい。ゼミで様々な体操から体の部位の動きを感じることができたのは非常に有意義なことであったが、 それを投球動作においても感じようとするとなかなか難しかったからだ。つまり困難なことではあるが、自分の体の動きとイメージとが一致したときに球速は高 まると自分は結論を出した。それは練習の過程で可能になることなのか、それとも才能によって決まることなのかわからないが、自分はこの考えを理想として球 速アップを目指していきたい」

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図2.剣道場で真下投げの練習
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図3.グランドでの投球指導

 

股関節の内旋、肩甲骨面(スカプラプレーン)、ゼロポジション、回内などいままで意識したことのない知識を学び、真下投げ、メンコ、メディスンボール投 げなどいろいろな投げ方をやってみて、さらにスクワット、ランジ、コアトレーニング、匍匐前進などのトレーニングが投球動作向上に結びつくことを実感して くれた学生達のレポートを読んで我ながらいい授業をしたと喜んで読んでいるのだが、実際に10km向上した人は一〇%にとどまっている。これは月曜一限と いうこともあり、学期末の学生諸君のコンディショニングが悪かったことも大きな要因であったと思われる。

後日、別な機会に測って一〇キロ以上の向上を見たという報告もあった。私がなによりと思ったのは、体の知識を得て、体に関心を向けるようになった、痛みなく練習ができたというレポートが多くよせられたことだった。

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図4.自分のフォームを見て、図1のデータを見て学ぶ

私はスポーツ障害をきたさない、上手な体の使い方を研究テーマにしてきた。もともと、スポーツ整形外科医として野球肘、野球肩の診断治療を研究してきた が、縁あって駒場にきて体育実技を教えることになった。スポーツ障害を治療する医師とスポーツ障害を作る可能性のある体育教師とを兼任し得がたい経験を得 ることが出来た。両者は違うようで、究極の目標は同じである。障害なく最高のパフォーマンスを導くことである。

実際には、ソフトボールやゴルフで同じように教えたつもりでもできる人とできない人がいて、なぜかを考えることになり、教え方を工夫することになった。そこには、現代の若者たちの問題点があったのである。

現代の生活環境の中で外遊び、体を使って遊ぶ機会が減ったことが大きな問題として背景にある。従来は(といっても三、四〇年前)木登りや相撲や釘刺し、 メンコなどいろいろな遊びをする中で基本的な体の使い方を学び、体で文字通りいろいろなことを体感していた。投げることもその応用として簡単にできたこと であったのが、いまは野球少年団に入ってはじめてボールを投げる少年も多いのである。基本的な投げ方を教わることもなく投げているうちに痛くなるというの が私の考える障害発生のストーリーである。  そこで、私の野球肘の治療法はメンコのように地面にボールをたたきつける真下投げを教えることが治療の最初に入っている。真下に投げて真上に弾むように 投げると痛くないのである。痛くない投げ方があることに気づき、からだ全体を使う投げ方を理解すると少年たちは簡単に治っていく。それだけでなく、投動作 以外の能力も向上していく。

それを発展させると、身体感覚を教育されていないすべての若者に教養として投げ方を含め基本的な体の使い方を教える必要がでてくるのである。構造機能を 学び、よりよい骨関節の並べ方を選べる感覚を磨く。そこに、真下投げの意味もある。これは若年者の投球障害のみならず、下肢や体幹のスポーツ障害にも通じ ることである。知を求める若者よ、スポーツをしよう、身体運動科学を学び、自らの身体で上手なからだの使い方を体得しよう。さらにいえば、新たな身体の使 い方に気づくことは数学の問題を解くことや社会問題の解決にもつながる経験になると信じる。まもなく駒場を後にする歳になるが、多くの学生の参加、多くの 人々の協力を得ていろいろな経験をすることが出来た。感謝するのみである。

(生命環境科学系/スポーツ・身体運動)

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