HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報535号(2011年1月 5日)

教養学部報

第535号 外部公開

中国の大学生にとって日本「動漫」とは

伊藤徳也

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『日本動漫影響力調査報告』
「動漫」は中国語で「アニメ」のこと。ただし、一般に中国では、アニメはコミックやウルトラマン等の特撮物と厳格には区別されていないため、これらの総称としても使われる。今、私の手元には『日本動漫影響力調査報告――当代中国大学生文化消費偏好研究』という中国語の本がある(以下『報告』と略す)ので、この本に沿って、中国の大学生に日本の「動漫」がどのように受け入れられているかを簡単に紹介しよう。

『報告』の著者の一人陳奇佳は、『日本動漫芸術概論』(〇六年)という日本アニメの概説書を書いた専門家で、二〇〇八年に、彼が中心になって北京、上海、広州、杭州四都市の四四の大学でアンケート調査を行った(有効回答数五〇四四)。

最初の設問「あなたは日本のアニメと漫画が好きですか」に対して、結果は以下の通り。 A とても好き、不可欠な生活の一部だ 六%
 B 好き、重要な娯楽だ :18%
 C ふつう、たまに楽しむ :60%
 D 好きではない、見たことがない :13%
 E 嫌悪している :3%

この結果から『報告』は、日本「動漫」は中国の大学生に完全に浸透しているとし、「少なからぬ人」が「強烈な好感」を抱いていると結論付けている。

大好きな「動漫」作品を自由に列挙させた第二問の結果を見てみよう。得票数上位五作は、 一位 スラムダンク :984票
 二位 名探偵コナン :841票
 三位 NARUTO :617票
 四位 ドラえもん :531票
 五位 ドラゴンボール :277票
 これらを含め上位二〇作は「トムとジェリー」(一六位)以外すべて日本「動漫」によって占められている。

二〇〇四年に陳奇佳はやや違う調査地で同様の調査を行っているが、上位はほぼ同じで、〇四年に六位だった「NARUTO」が〇八年には三位に上がり、五位だった「聖闘士聖矢」が六位に落ちただけだ。〇四年時の上位五作は、すべて中国国内で長期間テレビ放映された日本「動漫」の「経典」だという。おそらく得票数の中には、今は観ていないが子どものころテレビで夢中になった作品というのもかなり含まれているのだろう。〇八年に上位にランクされた「BLEACH」(番外→七位)、「ワンピース」(三一位→八位)は、テレビ未放映でも人気がでた作品で、〇八年に五〇〇票以上獲得した「NARUTO」(六位→三位)もそれに近いらしい。これらは新しい傾向を示す例だ。

ところで、「動漫」をめぐる状況は世紀の変わり目あたりから大きく変化した。まず、二〇〇〇年以降、テレビが国策(国産アニメ振興)に従って日本「動漫」の放映を制限し始めた。二〇〇八年の大学一年生が生まれたのは一九九〇年頃だ。彼等が小学生であった九〇年代は、日本「動漫」の「経典」を浴びるように観ることができた。それが〇六年からかなり厳しくなり、今や一般のテレビが放映するアニメは国産ばかりで、日本製はまったく放映されていないようである。(『報告』は日本「動漫」にとってのテレビ放映の意義を比較的大きく扱っているが、執筆時から状況は相当変化している。)

また、遠藤誉『中国動漫新人類――日本のアニメと漫画が中国を動かす』によれば、廉価な海賊版メディアが中国で大量に出回っていたからこそ、日本「動漫」に対する嗜好が爆発的に広まったのだが、二〇〇一年のWTO加盟以降は、海賊版メディアも販路をぐっと狭めた。おそらく、今の小学生が大学生になった頃同様の調査をしたら、人気作品リスト(設問二)はもちろん、日本「動漫」に対する態度(設問一)も、かなり違う結果になるだろう。もしかしたら、『報告』が指摘するような状況は、八〇年代後半から九〇年の間に生まれた世代にだけ当てはまる特殊な状況ということになるのかもしれない。

今後、日本アニメを視聴するための主要メディアはほぼネットに移って、ファンは以前より少数でコアな集団に変わっていくはずだ。『報告』は詳しく触れていないが、一般にサブカルチャーに関しては、台湾での評判がそのまま(香港経由も含め)中国大陸に飛び火する傾向があって、実際、「動漫」の人気作リストも共通する部分が多かったが、視聴メディアの変化はこの関係にもいくらか影響を及ぼすかもしれない。(台湾のテレビではまだ日本アニメがかなり視聴できる。)

さて、アンケートに答えた中国の大学生が日本に対してどのような感情を抱いているかについても触れておこう。戦時中の日本の行為は許せないという人が二三%、とにかく日本人は嫌いだという人が一七・七%である。前者はある意味当然だとしても、後者の数字には実際気が滅入る。『報告』は、日本「動漫」への愛好と対日感情とは別であり、日本「動漫」の愛好者は必ずしも親日的ではないと結論づけている。これは他の大方の論者の見方と一致している。しかし、『報告』はその一方で、日本「動漫」を愛好する人ほど日本文化全般への関心が高いという相関関係も確認できるという。

『報告』の著者らは、アンケートを回収する際、硬直した愛国主義学生から罵詈雑言を浴びたという。『報告』の詳細な分析の行間からは、そんなめにあっても日本のオタクや腐女子の動向にまで細心の注意を向けてやまない彼等の真摯な態度が垣間見える。何があろうと自分の研究を心底楽しむ態度。「真摯」とはこの場合そういうことだ。

(超域文化科学専攻/中国語)

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