HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報537号(2011年4月 6日)

教養学部報

第537号 外部公開

〈本の棚〉太田邦史著『自己変革するDNA』

石浦章一

C-11-4.jpg生命科学者は、だいたい生物屋(いきものがかり)、タンパク屋(すりつぶし)、DNA屋(分子計算 中毒)に分かれる。駒場の皆さんは、嶋田教授と太田教授と石浦の違いは話の長さと話を聞いていない時間の長さくらいだろうと思っておられるだろうが、実 は、天と地ほどの差がある。たとえで言えば、アリの行列を見たときに、「日本在住のアリの種が頭をよぎって薀蓄をいいたくなる」、「クローン個体間の後天 的突然変異によって行動が変わるのは不思議だ」、「チンパンジーが小枝を使って釣っているがどんな味がするのだろうか」、などと考えるくらいの違いがあ る。

典型的なスマート思考の太田教授の新著は、題名どおり、DNA自身に自己変革能があるというパラダイムシフトが太い一本の芯となっていて、大変読みやす い。自己変革というのは、簡単に言うと、組換え反応ということなのだが、いかにいろいろの方法があるのか、本書を読んでようやく理解した。本当はここで核 心を説明すべきなのだが、私が書くと長くなりそうなので、そこのところは本書を読んでいただきたい。

内容は多岐に渡り、著者の学識が溢れんばかりに盛られているのと同時に、同僚や知人の「AHA!」体験が数多く書かれており、学者になろうという人には 必須の読み物になっている。コンピュータ任せの配列の類似性検索よりも,人の目で見てDNA配列の類似性を発見する話、ハチが女王になるかどうかは食物で 決まる話、ユダヤ人の祭司職の婦人が浮気をしなかった話、など初めての話がいっぱいだ。

酵母の胞子を顕微鏡下で仕分けする単純作業が、雑用に追われたときの気晴らしになる、などの彼の聞いた裏話を聞くと、あの温厚な太田教授でもひょっとし て雑用が気になることがあるのかと、その人間らしさにホッとする。最後には、ご自分が発見したADLiBシステムという抗体遺伝子作出系の話があり、太田 教授が単なる基礎研究者ではなく、目配りの効いた学者であることがわかる。

全体にちょっと難しい話を、「気配りのあるポリメラーゼ」とか「インテリジェントなタンパク質」、「のび太君のようなp53」など、本書全体が著者独特 のたとえ話によってわかりやすく綴られている。まあ、DNAコンピュータや相同組換え、細胞周期など、もう少し詳しい図があったほうがいいという場面も少 しあった。また、駒場の生物学教授の基盤的研究費が三八万円など、人には言えない話を大胆に披露してしまっており(もっと恥ずかしい話もあるが、それは読 んでいただこう)、こんなに少ない研究費しか配れない学部長室の恥を晒していいものか、と少々心配になった。

読みながら、組換えによる生物の遺伝的多様性の出現は環境変動に対して生き残るものを確保する生物の戦略、という模範的回答が果たして正しいのだろう か、と頭の中がぐるぐる回る。とにかく、良書を読むのは楽しい。脳の中でいろいろな考えを反芻する時間を持つことが最近あったかと自問する。この楽しさ と、えも言われぬ満足感を、是非、学生の皆さんにも共有していただきたい。

(生命環境科学系/生物)

第537号一覧へ戻る  教養学部報TOPへ戻る

無断での転載、転用、複写を禁じます。

総合情報