教養学部報
第542号
〈時に沿って〉 界面活性剤と私
伴野太祐
今年の四月に広域科学専攻相関基礎科学系の豊田太郎研究室の助教として着任しました。 私は学部の卒業研究から現在に至るまで、界面活性剤(両親媒性分子)というものを研究対象としています。界面活性剤は、水になじみやすい親水性部位と油 になじみやすい疎水性部位とを併せ持っており、この特徴的な分子構造に起因して洗浄や起泡といった機能が発現されます。このため、界面活性剤は、セッケン や洗剤として利用されます。界面活性剤の親水性部位および疎水性部位を種々変えることによって、様々な特徴が現れます。例えば、細胞膜を構成するリン脂質 もやはり界面活性剤の一つです。
リン脂質は親水性部位が小さく、疎水性部位が大きいために水に溶解しにくく、それが水中で形成する分子集合体はベシクルという袋状の二分子膜となりま す。このため、ベシクルは細胞モデルとして扱われることが多く、生命科学の観点から特に大きな注目を集めています。このように、一口に界面活性剤といって も、分子構造によってその特徴は大きく異なります。界面活性剤を扱う研究では、なかなか自分の思う通りにならない点で難しさがある一方で、予期せぬことが 起こる点で面白さがあります。
界面活性剤の研究をはじめたきっかけについて触れようと思いますが、実は学部時代の研究室は主に高分子材料の合成を目的としていました。それもあって、 同期五名のうち四名は高分子に関する研究テーマを与えられ、私一人だけが界面活性剤に関するテーマとなりました。私も高分子に関する研究をやりたくてその 研究室を志望していたので、当初は少なからずショックを受けたものでした。しかし、研究を進めていくうちに、何が起こるのか予測がつかない分子集合体ワー ルドの魅力に引き込まれていきました。
学部から博士課程では、「使えるモノをつくる」というモノづくりに主眼をおいて、自然環境にやさしい界面活性剤を設計し、その合成を行ってきました。現 在では、界面活性剤を使って、今まで自分の中で漠然と抱いていた「生命とは何か」という疑問に立ち向かうべく、生命科学分野で研究を進めています。具体的 には、独自に新たな界面活性剤を合成し、それが形成する分子集合体を細胞モデルとして見立てます。そして、その分子集合体が温度変化やpH変化に応じてど のようなダイナミックな動き(例えば、分裂や融合など)をするのかを顕微鏡により観測しています。
未だ全容が明らかにされていない細胞のダイナミックな動きの一つ一つを調べ、それは実はこのようなメカニズムで起こっていた! という新たな発見を目指 し、日々研究を行っています。その動きを組み合わせることで”細胞らしい”細胞モデルが創れれば、自分の昔からの疑問に一つの答えが出せるのではないかと 思っています。
何かおもしろい、ダイナミックな動きは起こっていないかと胸に期待を膨らませながら、今日も顕微鏡をのぞいています。
(相関基礎科学系/相関自然)
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