HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報544号(2012年1月11日)

教養学部報

第544号 外部公開

2011年のノーベル物理学賞――宇宙膨張は加速している

蜂巣泉

二〇一一年のノーベル物理学賞は「宇宙の加速膨張の発見」により、ソウル・パールムッターとブライアン・シュミット、アダム・リースの三名がもらった。こ の物理学上の大発見の基礎になったのがIa型超新星の観測である。私は、Ia型超新星の起源(どのようにしてIa型超新星が生まれるのかを星の進化論の立 場から調べる)を研究対象としている。研究分野が近く、受賞者たちとも話をしたことがあるので、彼らの受賞背景などをふくめて、その物理学的・天文学的意 味を解説したい(教養学部報第四四五、四四六号の「新星から超新星へ――宇宙膨張は加速している?――」も参照)。

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図1 横軸に後退速度をあらわす赤方偏移(z)、縦軸に銀河までの距離の対数を表す見かけの等級(mB)をとり、近傍(下側)と遠方(上側)の銀河を表示 したもの。一番上の実線は、加速も減速もしない、真空の宇宙の膨張モデルをあらわす。銀河の観測値の多くがそれより上に来ているのは、宇宙膨張の「加速」 をあらわす。宇宙膨張が加速している場合、過去の膨張速度は加速なしに比べてより遅かったので、同じ距離にある(つまり、同じ等級の)銀河は後退速度zが 小さく(左側に)なっている。
(パールムッターのチームの一九九九年の論文より)

 

私たちが存在する宇宙は、百三十七億年ほど前にビッグバンで始まった。その後、宇宙は膨張し続け、現在の大きさ(見渡せる範囲で百億光年ほど)になっ た。宇宙膨張の発見は、アメリカの天文学者エドウィン・ハッブルの一九二〇年代の銀河の観測が基礎になっている。彼が発見したのは、「遠方の銀河ほど速く 遠ざかる」という事実である。宇宙全体が均等に広がっているとすると、遠く離れた銀河ほど離れる距離が大きいからである。

銀河の後退速度は、ドップラー効果による光の波長の伸び(赤方偏移)を測定すれば求められる。しかし、遠方の銀河までの距離を求める方法が確立したの は、セファイドとよばれる変光星の変光周期の対数と絶対等級の間に、きれいな直線的関係(周期が長いほど、明るい)があることが分かったからである。星の 明るさは距離が遠くなるほど暗くなるので、星本来の明るさである光度は、すべての星をある同じ距離に置いた時の等級であらわす。これが絶対等級で、暗いほ どその値は大きい。観測した等級と絶対等級の差から距離がわかる。差が大きいほど距離が大きい。ハッブルは十八個の銀河について、何枚も写真をとり、セ ファイドの周期と絶対等級の関係から、それぞれの銀河までの距離を決定した。横軸に距離、縦軸に後退速度をとってグラフを描くと、各銀河はほぼ直線上に並 び、速度=定数×距離という比例関係を示す。この比例定数をハッブル定数とよび、宇宙膨張の速さを決める尺度であると同時に、その逆数がほぼ宇宙年齢に対 応する。

このようにして測定された宇宙膨張の様子は、実は私たちの住む銀河系から比較的近い領域についていえることなので、現在の宇宙の膨張の様子をあらわして いるだけである。もしかしたら、過去の宇宙の膨張の仕方は現在とは異なっていたかもしれない。宇宙の中には銀河や星・ガスなどの物質がつまっている。その 重力のため、宇宙膨張が引き戻される。これを、「宇宙膨張が減速する」と表現する。例えば、地球上でボールを上に向かって放り投げると地球の重力のため、 ボールが地上に戻ってくるようなものである。逆にいうと、過去の宇宙膨張の様子をさぐると、宇宙の中につまっている物質などの重力源の量がわかる。光の速 度は有限なので、例えば十億光年先の銀河を観測すれば、十億年昔の宇宙膨張の様子がわかる。もっと過去を調べるには、どんどん遠方の銀河にさかのぼってい けばよい。

しかし、セファイドはあまりに遠方だと暗くなりすぎて観測できない。星の中で一番明るいのは、星全体が爆発する現象である超新星である。この超新星の中 でも、Ia型とよばれるものはもっとも明るく、銀河本体と同じくらいになる。つまり、銀河が見えるぎりぎりの遠方まで観測できる。かつ、その明るさの変化 が皆よく似ている。このIa型超新星までの距離を精度良く測定できれば、過去の膨張則を決定できる。問題は、十分遠方の銀河にIa型超新星を発見すること と、その超新星までの距離を十分な精度で決定できるかということである。この二つを同時に解決し、数十億年過去までの宇宙膨張の様子を決定したのが、パー ルムッターが率いるチームと、シュミットが率いるチームであった。

その結果が、一九九八年および一九九九年に発表された。内容は、それまでの常識を打ち破る「宇宙膨張の加速」であった(図1参照)。

 地上から放り上げたボールが、地上に落ちて来ず、するすると上空に登っていってしまうという、何とも不思議な結果である。しかし、二つの独立なチームが 同じ結果を出したこと、および宇宙年齢の問題やその他の矛盾を解決するものだったため、この結果はわりとすんなりと天文学分野の人々に受け入れられていっ たように思われる。その後の、WMAP衛星による三K宇宙背景放射のゆらぎの観測結果と合わせて、宇宙膨張の加速は今や天文学的事実として受け入れられて いる。このことが、発見からほぼ十年というわりと早い時期のノーベル物理学賞受賞に結びついた。

宇宙膨張の加速の発見は、二〇世紀から二一世紀にかけての物理学上の最大の発見といえる。ノーベル物理学賞は宇宙膨張の加速という事実の発見に対して与 えられた。しかし、その物理的解釈は、非常に深い意味を私たちに問いかける。その中でも最有力の解釈は、加速を起こしている力の源としての「ダークエネル ギー」が、宇宙のエネルギーの約七〇パーセントを占めている、というものである。宇宙膨張を加速させるためには、重力(引力としてのみ作用)の反対の力 (反発する力、斥力として作用)が必要であり、その力の源としてのエネルギーの正体はまったく分かっていない。根源的な意味で、いまや宇宙の観測が物理学 の最前線に立っているのである。

(広域システム科学系/宇宙地球)

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