HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報545号(2013年4月 3日)

教養学部報

第545号 外部公開

Sprezzaturaの人――丹治愛さんをおくる――

鈴木英夫

昭和から平成へと元号が変わったその年の四月、丹治さんは駒場に着任された。学年の違いはあれ、同 じ本郷の英文科で共に学んだ旧友と同僚として再会できるのは、嬉しかった。同僚は、たとえ年下であっても、公の席では「先生」付けで呼ぶことを常としてい る私だが、今回ばかりは、私的語らいのとき同様、「さん」付けで失礼したい。

さて、駒場に赴任した当初は、誰しも、たとえ学生時代を駒場で過ごした者であっても、緊張し、期待の中にも不安を隠せないものである。丹治さんも例外で はなかった。ただ、丹治さんが例外だったのは、今回、定年を待たずに駒場を去ることになる間際まで、どこか自信無げで、一見頼りなさそうに見える立ち居振 る舞いを保ち続けた点にあるとは私の個人的感想だろうか。

駒場赴任に先立つこと四年の昭和六〇年には、ジョイスの『ユリシーズ』のセイレーンの挿話における、音楽を目指す言語についての鮮やかな切り口の論文に 対して日本英文学会から新人賞を既に受賞。駒場赴任後まもなくの平成三年には、『 10 1/2 章で書かれた世界の歴史』に対して、日本翻訳大賞部門賞(文学部門)を受賞されていた。このような栄えある業績に加えて、単著だけでも、『神を殺した男 ――ダーウィン革命と世紀末』、『モダニズムの詩学――解体と創造』を矢継ぎ早に上梓するも、その執筆力は衰えることなく、『ドラキュラの世紀末--ヴィ クトリア朝外国恐怖症の文化研究』と続く。

もちろん、丹治さんは単に研究の人にとどまっていたのではないことは周知のことである。教務委員長をはじめ、言語情報科学専攻の専攻長等を務められたの は、記憶に新しいところである。また、学外では、日本英文学会の編集委員、事務局長、理事、そして会長という要職を歴任された。これは、この分野外の同僚 には割と知られていないことかもしれないので、ここに改めて記しておきたい。

こう見てくると、あのどこか優しく柔和な様子と、これまで内外で達成されてきた仕事ぶりとのギャップに、改めて驚かされる。だが、よく考えてみると、丹 治さんはルネサンス期以来のイタリアの芸術批評家たちが賛辞として用いてきた sprezzatura を体現してきたのだ、と思い至る。ジーニアス英和辞典では、この語を「(芸術・文学の特質としての)計算された手抜き」との訳語を当てているが、丹治さん に「手抜き」は当たらない。むしろ、計算された無頓着さをもって、大仰に構えることなく、実にさりげなく大仕事をやってのけるのである。その「計算」さ え、おそらくは、無意識の内に行われているに違いない。

定年までの数年を残したまま駒場を去られた後は、法政大学文学部英文科に移られると聞く。新任地でもますます sprezzatura を体現して行かれることだろうし、私たちもそれを心より望んでいる。

(言語情報科学専攻/英語)

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