HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報546号(2012年4月 4日)

教養学部報

第546号 外部公開

ポケットに偏光板を

鳥井寿夫

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写真A 太陽に近い方向の空
晴れた日の空が青いのはなぜだろう? 皆さんも一度は疑問に思ったことがあるでしょう。『荘子』にも「天之蒼蒼、其正色邪(天の蒼々たるは其れ正色なるや)」と空の青さに対する素朴な疑問が綴られています。この問いに対してよく聞かれる答えは「それは大気中の分子が太陽光のうち青い成分をより多く散乱するからであり、これはレイリー散乱と呼ばれている」というものです。しかし、これは「空が青い」という事実を「レイリー散乱」という言葉で表現し直したに過ぎず、その物理的起源を説明したことにはなりません。

光は携帯電話の電波と同じく電磁波の一種であり、光の進行方向に対して電場と磁場が垂直に振動する横波として空間を伝播することはご存知の方も多いと思います。では、そもそも光はどのようにして生まれるのでしょうか? 駒場の理科生は一年生の冬学期に電磁気学を必修として学びますが、わずか半年の講義では電磁気学の基本法則であるマクスウェル方程式および電磁波の伝播までを扱うのが精一杯で、空の青さを説明するレイリー散乱や光の起源などを学ぶ余裕がないのが実状のようです。

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写真B 太陽から90°ずれた方向の空
この記事で皆さんにお伝えしたいメッセージはただ一つです。それは「振動する電荷が電磁波を生み出す」ということです。もちろんマクスウェル方程式を用いれば、振動する電荷のつくる電磁波を導出することができます。しかし、マクスウェル方程式など全く知らなくとも、振動する電荷が生成する電磁波を簡単に求めることができる「裏技」が存在し、これを用いれば空が青い理由はおろか、反射、屈折、回折など全ての光学現象を説明することができるのです。

その裏技とは次のようなものです。振動する電荷として、空に浮かびながら振動している一つの電子を考えましょう。あなたはその電子を指差します。電子は振動しているので、それに追随するようにあなたは指を動かさねばなりません(正確には、電子から我々まで光が到達するのにかかる時間だけ過去の時刻における電子の位置を指差さなければならないのですが、今はそのことを忘れてもかまいません)。そんなあなたの指が振動する向きと振幅が、まさしく電子からあなたの目に届いている電磁波の電場の振動する向きと振幅に対応するのです。光の電場の振動する向きを「偏光の向き」と言いますが、これが必ず光の進行方向に対して垂直になっているのがわかるでしょう。

そしてあなたの指が一秒間に振動する回数が電磁波の周波数そのものなのです。空が青く見えるということは、大気中の窒素分子や酸素分子の中の電子が主に青い光に対応する周波数(おおよそ七百兆回毎秒)で振動しているということなのです。そして、そのような電子の振動を誘起しているのが太陽光であり(静電場と同様、振動する光の電場も電子に力を及ぼし、偏光方向に電子を振動させます)、その太陽光もまた水素の核融合反応で発生した熱によって振動している電子や原子核から発生しているのです。太陽における光の発生は「熱輻射」、大気中の分子における光の発生は「光散乱」とそれぞれ呼ばれていますが、各々の電子にしてみれば、ただ自らの振動と同じ周波数の光を放出しているに過ぎません。違いは何が電子を振動させているかにあり、前者は熱、後者は光です。

ここまでの話を納得していただくために、一つの実験をご紹介しましょう。皆さんは偏光板をご存知でしょうか。偏光板とは、特定の方向に偏光している光のみを透過させるように作られた樹脂製の板で、東急ハンズなどで手軽に入手することができます。この偏光板の片面にセロテープを何枚かクロスさせながら重ねて貼ります。セロテープには光の偏光を回転させる働き(旋光性)があり、その度合いが光の周波数に依存する性質があります。この偏光板をセロテープの面が空を向くように太陽のすぐ脇の空にかざしてみますと、空がちょっと暗く見えるだけで特に変わったことは起こりません(写真A)。

ところが、この偏光板をかざす向きを太陽の方向から大きくずらすと、驚くことに様々な色が現れます(写真B)。なぜだかわかりますか?

この実験結果を説明するポイントは二つあります。一つは、熱輻射の起源は電子や原子核のランダムな熱運動ですから「太陽光は特定の向きには偏光していない(無偏光である)」ということ。もう一つは、「視線方向に振動している電子は我々に向かって光を出さない」ということです。どちらも裏技から自然に導かれる結論です。これでもうお分かりになったでしょう。太陽の方向から九〇度ずれた空から散乱されてくる光は、その空の方向に手を伸ばしながら太陽に向かってバイバイしたときに手が振れる向きに偏光しているのです。そのように偏光した光がセロハンテープを通過すると、その周波数に応じて偏光の向きが回転し、偏光板をより透過したり、逆により吸収されたりします。その結果として、我々の目に様々な色が現れるのです(青空とは言っても、赤や緑の光も散乱されています)。一方、太陽の方向に近い空から散乱されてくる光は無偏光であり、セロテープを透過しても無偏光のままなので色は現れません。

ところで、なぜ偏光板は特定の方向に偏光している光のみを透過させることができるのでしょうか。ここでも裏技を使って考えてみましょう。一般に光が物体に吸収されるということは、入射光が物体中の電子を揺さぶり、その揺さぶられた電子が放出する光が入射光と干渉して互いに打ち消し合うということなのです。偏光板では電子が特定の方向に振動しやすいように分子が並べられており、その向きと平行な偏光を持つ光は吸収され、それとは垂直な偏光を持つ光は透過するのです。

なぜ大気中の分子が青い光をより多く散乱するのかを説明していませんでしたが、ここで紙面が尽きてしまいました。この続きは後期課程(統合自然科学科)の電磁気学(四学期)の講義でお話することにいたしましょう。この講義では、特殊相対論と電磁輻射を教えています。最後の講義まで出席した学生さんには、もれなく偏光板をプレゼントしております。

(相関基礎科学系/物理)

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