HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報552号(2012年12月 5日)

教養学部報

第552号 外部公開

〈時に沿って〉比類なきもの

嘉治美佐子

思いがけずこの秋から母校に奉職することになった。外務省から出向を命じられた直後は、期限付とはいえ、長年の研究蓄積を持たない者が教壇に立つのは学問に対する冒涜ではないかと案じたが、それでも人材育成に果たす役割があるとの示唆を得て、謹んで微力を尽くすことにした。周囲の暖かい支援により、新米ながら何とか滑り出している。

程なく遭遇することになったのが、大学の国際化とは何か、という設問である。その答は、相互に補強しあう以下の二つの要素を兼ね備えることではないだろうか。

第一は、世界の相手と同じ土俵で競い、伍して戦うことの出来る人材を、国籍を問わず育成する場となる、ということである。なでしこジャパンがワールドカップで優勝したスポーツの世界のように、学問の世界にも国境はないはずだ。ノーベル賞は個人に授賞されるが、受賞者を育み、その土壌を創成した学術機関も「ノーベル賞もの」と言えよう。外交交渉や国際機関において、相手や周囲を説得するのにものを言うのは究極的には広い教養である。

第二は、世界に類を見ない独特のものを維持し管理する、ということである。日本は国際化に耐えるものをたくさん持っているので、世界各地で「日本」に出会うことが出来る。寿司屋は味や材料が現地化されてしまったものも含めマンハッタンでは2ブロックごとにある、ランドクルーザーは最も厳しい紛争地域で国連人道要員が乗っている、カラオケセットはフランスの田舎にもある、アニメの主人公は反日デモの起こる近隣国でも英雄である。

人材は国の宝であり武器である。どんな国にとってもそうであろうが、狭い国土、少ない天然資源、減少する人口、低迷する経済、制約を持つ軍事力、などを特徴とする二一世紀初頭の日本にとっては特にそうである。地球規模の課題が山積する世界において、国際的な規範造りに参画し、長期的に国益を守って行く上で、頼みとなるのは科学技術、見識、芸術、徳、これらを生み出し体現する人である。

こんな国の最高学府と言われる国立機関が持つ、世界に類を見ない特性にはどんなものがあるだろう。専門性を開花させる前段で広く大局観を培わしめ、将来の進路について選択を遅めに行う学生にも、転換の機会も提供する制度はそのひとつである。どのような制度にも長所・短所があるが、テュートリアルがオックスフォード大学ならではの制度であるのと同様、一般教養は本学ならではの制度であろう。

日本語という環境も独特の特性のひとつであろう。言語は思考を支配する。外国語を習得し、外国のことを学ぶのは日本人にとっても、外国人にとっても、ますます求められていることである。日本語や日本人のことを知りたいと言う気持ちをたくさん持って来日している留学生や研究者の期待には、英語、数字といった国際場裏で共通語となった手段と並行して、日本語で応えることも大切であると思う。

(国際社会科学専攻/国際関係)

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