HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報553号(2013年1月 9日)

教養学部報

第553号 外部公開

〈駒場をあとに〉感謝をこめて

鈴木英夫

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日曜日のくつろぎののひととき
コンピュータなるものが私の机の上に置かれたのは、初めて教壇に立って数年後、一九八〇年代前半のことである。当時はまだ「パソコン」という言葉さえなかったように記憶する。自分なりに使いこなすためには、プログラム作りから始めなければならなかった。ある詩人のコンコーダンスを作るために組み上げたプログラムが完成したときは、強力な相棒を得たような嬉しさを味わった。ただ、当時のマシンは、今日のパソコンのように同時並行的に多様な仕事をすることはできなかった。「シングル・タスク」と呼ばれ、一度に一つのことしかこなせなかったのである。

さて、人もシングル・タスク型とマルチ・タスク型に分けられるように思う。駒場には圧倒的に後者が多い。ところが私は残念ながら前者であって、メダカなどと一緒で絶滅危惧種である。教育・研究・行政を満遍なくそつなくこなせて初めて生息できる駒場で、幸いにも私は辛うじて定年まで生き延びられたが、これが後々、「駒場の奇跡」と言い伝えられることがないことを祈っている。

シングル・タスク型の私が最も力を入れたのは教育である。日本、そして世界の将来を担う有為の青年達を前にしては気を抜けるはずもない。私の教育理念は――などと書くと大仰に聞こえて気恥ずかしいが――「ヒューリスティックに」である。これは三十歳代で初めてイギリスに留学した際、娘達の通っていた小学校の様子を参観したり、留学先で自身が受けた大学院教育から、文字通り「発見」した理念である。教えるのではなく、学習者自らに発見させる……。

最近では教育現場でこの理念がかなり強調されるようになってきたが、その成果が出るには最低でも一世代の時の経過が必要であろう。面白いもので、学生に対して発見的態度を要求していると、教える側でも、新たな発見に恵まれる機会が格段に増えてくる。私も優秀な学部学生・院生から学んだこと、気づかされたことも多く、特に、英語が不得意とされる理系の学生が、日本語への翻訳が苦手なだけであって、実は英文自体は、時には文系よりも理路整然と理解できている事実を発見できたのは嬉しい驚きであった。これは、私が、勘や経験に頼らずに、学生達が英語の何を理解できていないのかを知りたい、さらに学生達にも、それを明示的に示したいと編み出した英語センテンスの構造可視化という方法で、初めて明らかになったことである。

行政については、私の場合、小さな委員会等、一般には「雑務」と敬遠される仕事が主であったが、同僚をはじめ、委員会のメンバーや事務の方々に助けられて、何とか責務を果たせたかと思う。特に、教員と学生の板挟みの中、休日返上、超勤は当たり前、という心意気で、日夜粉骨して下さる学生支援課や教務課の方々には敬意を表すると共に、改めて感謝を申し上げたい。また、あまりに日常化しているため、そのありがたさをつい忘れがちになる、部会や専攻の事務の方々、そして共通事務室の皆様、さらに視聴覚関係の技官や英語Ⅰの補佐の方々にもお世話になり続けた。

手を抜くと直ちに学生諸君や同僚、事務の方々に迷惑を掛けることになる教育、行政と異なり、文学・芸術系の研究は、共同研究でもない限りは、自分のペースを保持できたことは幸いであった。私は常々、研究においては対象に寄り添い、対象に忠実であることを心がけている。あくまで対象を変形することなく、ありのままで捉えることで見えてくるものこそ重要であると考えている。これは、修士論文のテーマとして、十七世紀イギリスのある仮面劇を扱った時から、一貫して変わっていない。

当時の多くの研究者は、文学研究者は文学面を、音楽研究者は音楽面を、という具合に研究者のそれぞれの専門分野に合致する面だけを中心的に取り出し、他の要素を等閑視する傾向が強かった。しかし、それは自己の専門に囚われるあまり、当該対象の本質を見失うことになるのではないかと考えたのである。

ただ、この対象に忠実にという態度は、私の専門分野である英文学以外の分野にも関わらざるをえなくなるため、生産性という面からはどうしても効率が悪く、多くの時間を要する。それでも、大学院生時代から抱き続けてきた、「詩に音楽が付くとなぜ、あれほどに素晴らしいものに変貌するのか」という疑問に関して、在職の最終年になって、少なくとも私なりの解答の端緒とも言えるものに、ようやく辿り付けたことに、密かな喜びを感じている。これは言語というものを、その根源や本質にまで遡って考える機会を与えてくれた言語情報科学専攻と、広く多様な研究方法が溢れているこの駒場の教養学部の学問的雰囲気の伝統のお陰である。

最後になってしまったが、駒場での私の教育・研究生活を陰で支えてくれた駒場図書館や、各部局の研究図書室の係の方々にも深く感謝したい。本郷や柏キャンパスは言うに及ばず、学外の図書館に対して多種多様な文献を速やかに手配して下さったお陰で教育・研究が続けられたことを今更ながらありがたく思っている。退職後も図書館には引き続きお世話になると思うが、今後ともよろしくお願いしたい。

定年を前にした数年間、両親の介護に追い込まれ、教育・行政・研究のいずれもがままならなくなってしまった。しかし、介護のための中途退職に至らずに何とか無事定年を迎えることができたのは、駒場の同僚の皆様の寛容で温かな配慮のお陰である。

今、駒場は開学以来最大の変革期を迎えている。多難な道が続くであろうが、マルチ・タスク型の人材の揃った駒場のことである、必ずや見事な未来を切り拓いて行かれることと信じている。

駒場の皆さんのご健闘を祈りつつ、最後にもう一度心より感謝申し上げます。

(言語情報科学専攻/英語)
 

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