HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報556号(2013年5月 1日)

教養学部報

第556号 外部公開

PEAKとの合併授業を開講

松田良一

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Yuki Iida(PEAK生)撮影
東大の国際化はPEAKから

東大は濱田純一総長が打ち出した秋入学とそれに先立つ新学事暦構想に揺れに揺れている。私は秋入学に賛成である。しかし、東大だけの秋入学は座りが悪い。ギャップ・イヤーは、留年すると奨学金が打ち切られ再開不可能になる文科省の制度が変われば、現体制でも実現できる。全国の初等中等教育の学事暦や種々の国家試験も連動していなければ、東大だけが浮いてしまう。その一方で、2012年度から既に始まっている英語による学部国際化教育プログラムPEAK (Programs in English at Komaba) については東大国際化論議から忘れられつつあるようだ。このPEAKは福田政権の時に提唱された大学の国際化計画(Global 30)の東大学部版だ。PEAK定員30名は国際環境学コースEnvironmental Sciences(理Ⅱ枠)と国際日本研究コースJapan in East Asia(文Ⅲ枠)の2コースがある。東大の教育研究リソースを全世界に提供し、まさに「タフな東大生」を育て、「グローバル・キャンパスの形成」を実現する方策の一つとしても期待される。

私はこのPEAKの全学委員として諸外国の有力高校を訪問して同プログラムについての広報を行っている。東大が誇るリベラル・アーツ教育や研究教育環境の豊かさを背景にしたPEAKの魅力について説明する。しかし先方の高校からは、なぜ、今、日本で、東大で英語による学部教育プログラムを始めるのか? PEAK以外の授業も受講できるのか? PEAKから二コース以外の学科にも進学できるのか? 東大は学生寮や奨学金は充実しているのか? PEAKから他大学へのサマープログラム参加や短期留学できるのか? といった様々な質問が飛んでくる。宣伝文句と実態との乖離を痛感している私としては辛い答弁をする羽目になる。

あこがれの日本に、そして東大にやってきた優秀なPEAK生たち(オックスフォードやハーバード大入学を辞退して来た学生もいる)の期待を裏切ると、直ちに東大の、そして日本のネガティブ・キャンペーンになる危険性がある。

PEAKとの合併授業

不思議にも国際環境学コースの前期課程カリキュラムには理科系の実習授業が1コマもない。そこでPEAK充実のために私にできることは何かと考え、前期課程の総合科目「実験生命科学――細胞を培養しよう」の英語化を思い立った。これは、私が過去20年間、毎年、冬休み前半の五日間に開講している文理問わず一、二年生向けの選択実習科目だ。内容はニワトリ胚から骨格筋と心筋細胞を分離し、プラスチック培養皿内で培養。その増殖、分化、拍動の様子を顕微鏡で観察し、筋細胞分化を免疫組織学的に検証するというもの。学生達は培養皿内で拍動する心筋細胞を見ながら、生命科学の面白さと iPS細胞で注目される再生医療の基本を学ぶ。

その間、腐敗や感染を防ぐため滅菌作業や無菌操作を体験し、この世がいかに微生物で満ち満ちているかを自覚すると同時に、ニワトリのタマゴが細胞培養系としていかに優れているかを再認識し、生物進化の素晴らしさに触れることを目的としている。2012年度はこの授業を100%英語化し、PEAKと合併開講した。受講者はPEAK生11名と四月入学生56名。図らずも、これが、私の知る限り新制東京大学史上、初の100%英語による一、二年生向け理科系実習授業となった。

この授業は幸い受講生たちにとても魅力的だったらしい。PEAK生と四月入学生との合併授業に対する高い潜在的ニーズに合致していたからだ。PEAK生が編集している英字新聞 ”Komaba Times”に載った記事 http://komabatimes.wordpress.com/2013/01/26/christmas/ も参照されたい。

受講生たちの感想

●海外から非常に優秀な学生がこの大学に来ているのだと改めて認識することによって、自分たちも負けていられないとの思いを一層、強くした。ある東南アジアから来たPEAK生は非常にやる気と誠意と知性に満ちた好青年だと感じた。彼をはじめ、留学生の学習意欲には大いに見習うべきところがある。   (理Ⅱ男子)

●普段、あまり出会わないPEAK生との交流はとても貴重だった。授業自体が英語で進められていたことも良かったと思った。国際化が進む現代ではこのような体験はとても大事だと考える。これからもこのような機会があればいいなと思う。   (文Ⅱ女子)

●今年からPEAKとの合同授業だということは知っていたが、授業がまさに全部英語で、しかもPEAK生の女子とペアを組むとは思ってもいなかった。やはり自分の英語の拙さ・不勉強さを改めて実感できたし、ペアを組んだ彼女が中国人(僕は中国語選択)だったので、ときおり中国語を交ぜて会話することで中国語を勉強するモチベーションにもなった。   (文Ⅱ男子)

●この授業を通じてPEAK生をはじめとする友達もいっぱいできた。先生も英語での授業を展開し、学生も英語で質問し議論する。英語で話す語学力そして英語で話す中身の専門性、どちらも重要だと改めて実感した。   (理Ⅱ男子) 

●  I also appreciate the patience and tolerance of the Japanese students, many of who had to accommodate to the English-speaking PEAK students, like myself. Overall, it was enjoyable experience, and I am looking forward to engaging in more of these hands-on laboratory experiences in the future.   (PEAK, ES男子)

●  I was able to take part in a hands-on lab experiment which I always wanted to do more once I got into college. Watching the isolated cells grow on their own, outside of their natural environment, made me redefine my perspective of life.   (PEAK, ES男子)

PEAKの拡充は東大の責任

このPEAKは、一学年3100名を越える教養学部ではGlobal 30 として一学年30名程度の留学生を受け入れても一%以内であるから大丈夫という甘い判断のもとにスタートした。

PEAKの危うさは東大の他学部と比較すると分かりやすい。薬学部では学部学生定員は後期課程二学年で160名。それに対し、常勤の専任教員は合計66名で巨大な高層ビルもある。一方、わがPEAKは前後期課程の四学年で120名。それに対し、三年任期付きの特任教員が10名いるだけでPEAKに特化した常勤の教員と建物はゼロ。駒場と他部局の教員が兼任で支える仕組みだ。

しかも、PEAKの上には大学院GPEAKもある。目下、PEAK特任教員にはかなり狭いオフィスしかなく、研究環境としては不十分。優秀な彼らが内外の他大学に引き抜かれるのは時間の問題だ。しかもPEAK生の三分の一が四年間東大から奨学金を支給され、三分の一は全く支給されていない。残りの三分の一は文部科学省から一年間。その後の奨学金の目途がたっていない。まるで「二階に上らせて梯子を外す」に等しい。一旦、PEAK生たちを失望させると、その評判が世界中に広がり東大の国際ランクは明らかに低下する。

今や東大にはPEAK専任教員と建物を配置し、東大が誇るリベラル・アーツ教育の本領を発揮して、世界と渉り合える「タフな東大生」の育成を目指す以外に選択肢はない。30名を100名程度にして、持続可能なレベルで英語による合併授業を増やし、全学部に進学可能にしたい。PEAK一回生の中には外務省や国際企業、教育研究機関で活躍しそうな若者も多い。海外の知日派を増やすことは、将来の日本の安全保障にもつながる。既に走りだしたPEAKの持続的発展は、確実に果たすべき東大としての教育的、国際的責任だ。

もともと留学生に冷たい東大に国際化はできるのか?

東大には以前から外国学校卒業学生を対象とする特別選考制度がある。四年前、これを利用して本国で飛び級により早めに中等教育課程を終え、16歳で東大に入学する留学生がいた。飛び級の達人である彼は、入学後も総じて履修する科目数もミニマム。高校での学習内容も日本のそれとは違う場合も多く、そのために彼は教養学部で二年生に進級できなかった。一旦留年すると以後、奨学金も途絶えた。退学しても他大学では単位互換はほぼ不可能。

彼が個別に教員を訪ねても門前払い・相手にしてくれなかった。大学側は「ルールは全て履修の手引きに書かれてあり、しかも入学時に学部オリエンテーションで説明済み」と東大話法を繰り返すのみ。相変わらず授業の多くは旧来の劇場型。一事が万事こんな状態でPEAKを始めたのだ。一方、「飛び入学」を早くから実施している千葉大学では18歳未満の日本人学生たちに対し、特別の小人数教育で懇切な勉学サポートをしている。ところが東大には16歳で、しかも外国から来た一年生にすら留学生の気持ちに寄り添う学習支援はほとんどない。教養学部では一六歳の留学生が入学したことを把握していたのか疑問だ。

この大学に「グローバル・キャンパスの形成」が出来る教育文化と風土が本当にあるのか、作れるのか? 新学事暦や秋入学への移行以前にすべきことの多さにたじろぐばかりだ。

(生命環境科学系/生物)

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