HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報556号(2013年5月 1日)

教養学部報

第556号 外部公開

〈時に沿って〉情報は物理的

沙川貴大

今年の一月に、広域科学専攻・相関基礎科学系に准教授として着任いたしました。非平衡物理学、およびそれと情報理論の関係について研究しています。

情報は物理的 (information is physical) ――この印象的な言葉で情報と物理の関係を喝破したのは、ロルフ・ランダウアという物理学者でした。彼は第二次大戦後のアメリカ、とくにIBMで活躍した人物で、情報の物理学の先駆者として知られています。他にも電子伝導に関する発見など、幅広い分野で業績を残しました。ランダウアは次のように考えました――情報は一見すると抽象的な概念に思えますが、実際には必ず、物理的な実体のある何らかのデバイス(メモリなど)に蓄えられます。したがって、情報でさえ物理法則――たとえば熱力学第二法則――から逃れることは出来ないのです。

もう一つ、印象的なことを述べた物理学者がいます。It from bit ――これは直訳すれば「すべてはビットから生まれる」ですが、現代風に言うと「宇宙は巨大な量子コンピュータ」といった感じかもしれません。上記のランダウアの言葉と対応付けるなら「物理は情報的」とでもなりましょうか。これを述べたのはジョン・ホイーラーという、ランダウアよりやや年長の、宇宙論などで活躍したアメリカの物理学者です。彼は「ブラックホール」の命名者としても知られています。

さらに時代をさかのぼると、19世紀の大物理学者、ジェームズ・マクスウェルは、一つの興味深い思考実験を提案しました。原子や分子を一つ一つ見分け、操作することができる「デーモン」がいれば、一見すると熱力学第二法則を破ることができるようにみえるというのです。もちろんマクスウェルの時代には、原子や分子を一つずつ見分ける技術はありませんでした。また、この思考実験の本質がミクロな世界についての「情報」にあるということが認識されたのも、20世紀に入ってからでした。それほど先駆的だった「マクスウェルのデーモンのパラドックス」は、熱力学第二法則の根幹にかかわる問題として、ランダウアを含む多くの物理学者たちによって議論されてきました。

このように、物理と情報の間には密接な関係があるということは、ずっと昔から指摘されてきました。そして情報の物理学は、現代においてまた大きく注目されています。その一つの理由は、実際にミクロな世界を観測・制御する技術の進歩です。たとえば現代では、実際にマクスウェルのデーモンを作ることができるのです。

私は高校生のころから、理論物理学者になりたいと思っていました。そして大学院に入り研究生活を始めてからは、物理と情報の溶け合う境界領域に魅力を感じ、研究をすすめてきました。これからは、駒場の自由で学際的な雰囲気の中で、もっと研究の幅を広げていきたいと考えています。

(相関基礎科学系/相関自然)

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