HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報558号(2013年7月 3日)

教養学部報

第558号 外部公開

遺伝子が伸びていく難病

石浦章一

私は奇妙な病気の研究を行っています。その病気は、親よりも子、子よりも孫の症状が重くなる遺伝性疾患なのです。一般に遺伝子に変異が生じた疾患では、その遺伝子変異を持つ家族が発病しますが、家系内で発症時期や症状の重さはよく似ています。例えば、家族性アルツハイマー病は若年性に発病する確率が高いのですが、親が五十歳で発病した場合、二分の一の確率で変異遺伝子を受け取った子も、五十歳前後で発病することが多いのです。

ところが、親は六十歳で発病して白内障になっているだけなのに、その子は三十歳ちょっとで眼瞼下垂(まぶたが垂れさがる)や筋肉が萎縮するとともに、筋肉がすぐに弛緩できなくなり、握った手をすぐには開くことができなくなるのです(筋強直症状)。二歳の孫はすでに知的障害となっている、というような家系が見つかりました。この病気を筋強直性ジストロフィーといいます。原因は、遺伝子の一部が伸びているためでした。

伸びると言っても、人間は一生の間、同じ遺伝子を持ち続けますから、今日から明日にかけて伸びるというわけではありません。また、体内のどの細胞にも同じ遺伝子があります(精子や卵は除く)から、DNAは体内のどこから取っても同じものが取れるのです。だからDNAを検査するときには、一番取りやすい白血球や皮膚から取るのです。それでは遺伝子が伸びるのはいつかというと、精子や卵を作るときで、次代をつくると伸びていることが分かるのです。

遺伝子DNAは塩基と呼ばれる四種類の文字でできていることはご存じですね。筋強直性ジストロフィーという病気では長いDNAのどこが伸びていたかというと、CTGCTGCTG、、、と三塩基CTGが繰り返されているところが伸びていたのです。上の家族例では、親のCTGの繰り返し数は80回、子は200、そして孫は1500に伸びていたのです。その後明らかになったのですが、三塩基だけでなくCCTG四塩基、ATTGT五塩基が伸びる別の疾患も見つかってきました。

皆さんは、犯罪捜査や親子鑑定はどうやって行っているかご存知ですか。人間のDNAには、CACACA、、、など二塩基が繰り返されている場所がいくつもあるのですが、その長さが人によって異なるために鑑定ができるのです。このように少数の塩基の繰り返しをマイクロサテライトと呼びます。ヒトによって違う個所を多型と呼ぶので、「親子鑑定はマイクロサテライト多型を使って行う」などと言われるのです。私が興味を持った理由は、人間の知的機能が家系でだんだん変わっていくという現象が、このことで説明できないか、と考えたからでした。皆さん方の家でも、だんだん賢くなっていくとか、だんだん神経質になっていく、などということはありませんか。病気でも、だんだん発病が早くなるものが、これ以降、いくつも見つかってきました。ハンチントン病や脊髄小脳失調症などの神経難病です。

筋強直性ジストロフィーという病気は、筋肉がやせ細って歩けなくなる有名なデュシェンヌ型筋ジストロフィーとは異なる病気です。筋強直や先にあげた症状の他に、心筋障害、禿頭、性腺萎縮、過睡眠、耐糖能障害(糖尿病に近い症状)、血清中の免疫グロブリンの低下など、全身に症状が出てきます。なぜ全身に症状が出るかというと、細胞の中でいろいろな遺伝子の発現に異常が生じていることがわかりました。どうしてCTGが伸びただけで、いろいろな臓器に異常が出るのでしょうか。

それにはスプライシングという現象を説明しなければなりません。私たちのDNAには遺伝情報が書かれているのですが、からだを作る指令は全体の二%ほどのエキソンという部分に書かれています。ここが読まれてRNAやタンパク質ができるのです。図に示す通り、エキソン部分は飛び飛びに存在し(図の箱で書かれた部分)、それが合わさってタンパク質を作る直接の指令mRNAというものが作られます。塩素チャネルという遺伝子で説明しますと、通常は、エキソン1、2、3、、、、と順につながって正常なタンパク質が作られていくのですが、たまたまエキソン1、2、、、、6、7A、7、8、、、というように6と7の間に7Aというのが挟まる場合があり、後者が起こると途中で読みとりが中止して図の停止信号)、機能を持たないタンパク質ができるのです。筋強直性ジストロフィーの患者さんの筋肉では、これが起こって正常の塩素チャネルタンパク質ができず、筋強直になることが分かってきました。

他の症状はというと、耐糖能異常はインスリン受容体という遺伝子の、心筋障害はトロポニンTという遺伝子のスプライシング異常が起こっていることがわかり、この病気は全身でいくつもの遺伝子のスプライシングの変化が起こって各種の症状がでているのだ、という結論になったのです。患者さんが一番困っている筋萎縮に関しては、どの遺伝子のスプライシングがおかしくなっているのかは、まだわかっていません。

そこで私たちの出番になるのですが、薬でスプライシングを正常化するにはどうしたらいいか、というわけです。研究室には多くの試薬がありますが、それらを全部試してみればいいわけですが、このような腕づくの方法は、普通はとりません。しかし、それをやった方がいい場合もあるのです。結果的には四〇〇種類ほど試したところで、効果のある試薬が判明しました。患者さんと同じ遺伝子変異がある細胞に添加することによって、その試薬にスプライシングを変える能力があることを確認し、同じ遺伝子変異を持つマウスに注射することによって、筋肉内の塩素チャネル遺伝子のスプライシングを正常化することに成功したのです。

他に方法はないのでしょうか。図をご覧になって、エキソン7Aを何かで覆って人工的に飛ばせばいいと気がついた方は、研究者になる素質があります。ここでは詳しくは解説しませんが、アンチセンスという物質でエキソン7Aを覆い隠せば、正常のようにエキソン6、7とつながっていくこともわかりました。二つの別々な方法で症状が改善する可能性が出てきたのです。

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図.塩素チャネル遺伝子のスプライシング異常

このように、つい十年前までは治療法がないと言われていた難病でも、原因とその発症メカニズムが分かれば治療も可能になるのです。もちろん患者さんに使うためには、副作用の検討や投与法の開発など、まだまだ改善の余地はありますが、希望も見えてきました。病気の研究は、すべて医学畑の方がやっているのではありません。若い方々も、このような分野に入ってきてくれることを望んでいます。

(生命環境科学系/生物)

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